今から約140年前、黒船来航から始まった「幕末」の動乱期過中であった京都に
「人斬り抜刀斎」と呼ばれる志士が居た。

修羅さながらに人を斬り、その血刀を以って、新時代「明治」を切り拓いたその男は
動乱の終結と共に人々の前から姿を消し去り、時の流れと共に「最強」という名の
伝説と化していった。

そして浪漫譚の始まりは
明治十一年東京下町から――――――




浪漫譚の始まりは




――時は明治。長きに渡る江戸時代は、剣客たちの手によって終わりを告げ、今や文明開化で
急激に日本は変わっていっている。髪型、服装、建物――――。

そんな日本の中心地東京で、堂々と刀を提げて悠々と歩く、男が一人。
漆黒の髪に瞳、は雪のような白い肌のよく栄えている。
顔は酷く整っており、男女問わず魅了してしまう顔だ。
だが、そんな男の頬には十字傷が刻まれていた。どんな過去があったのだろうと、思わず
思想を巡らせてしまうであろう。

名を、と言う。

「こんな夜更けだけど…果たして宿は空いているのか。」

空を見上げてポツリともらす。野宿なら慣れているが、矢張り泊まれるなら宿に泊まりたい。
辺りは灯り一つ付いていない。妙に静まりかえった夜だ。

「待て!人斬り抜刀斎!」

そんな沈黙を切り裂いて、女子の声がに降りかかった。
ゆっくりと振り仰げば、長い黒髪をポニーテールにした若い女子が竹刀の切先をに向けて
厳しい表情で佇んでいた。
は表情を変えることなくそのまま女子を見つめ、何も言わない。

「二ヶ月に及ぶ辻斬りの凶行も今夜でお終いよ!覚悟しなさい!」
「…は?」

ついさっきこの地にやってきたというのに、行き成り辻斬りの凶行と言われても困る。
の訝しげな表情を気にすることなく、女子は「とぼけても無駄よ!」と敵意をむき出して叫んでいる。

「そういわれてもな…。」

微かに困ったような表情をするへ、とうとう女子が駆け出した。
はため息をつき、降りかかる竹刀を素手で受け止めた。

「なっ…!」
「辻斬りだか何だか知らないが、僕はさっきこの町に辿り着いた流浪人なんだ。
 宛てのない、旅の剣客。ほら、勝手な誤解はやめて。さ、竹刀を退かして。」

の言葉に、女子はカァッと顔が赤くなっていった。羞恥心と怒りが同時に溢れているのだろう。
女子は竹刀をから離し、ビシッと腰に提げているものを指差した。

「だ、だったらその刀はどう説明するの!貴方は廃刀令っていうものをしらないの!?」
「…それなら、実際に君の目で確かめてみるといい。」

そういっては、提げていた刀を女子の手に丁寧に置いた。

「これは…逆刃刀?」
「ああ。これで人が斬れると思うか?」
「…悔しいけど、思わない。」
「そういうことだ。僕への疑いは晴れたね。」
「でも、なんで逆刃刀なんか…。」

と、そのとき。警笛が夜の静寂を破って響き渡った。女子の顔が一気に険しいものに変わる。

「警笛の呼び笛…!今度こそ!」

の逆刃刀をポイッと投げて女子が走り出した。はため息をついて逆刃刀をキャッチ。

「僕の知らない所で、事が生じているらしいな…。」

は、ゆっくりと警笛の鳴った方へと歩き出した。
やがて夜の闇がを包み、その姿を飲み込んでいった。