「人斬り抜刀斎」の正体




薫の話を聞くと、どうやら隣町の鬼兵館と言う所が怪しいらしい。通りで、見ないわけだ。
が少し黙っていると、住み込み奉行―――喜兵衛と言う老人は夕食を作ると言って
先に帰路に着いた。

「あの老人…素性は?」
「聞いてないから知らない。」

バカかこの女は…。と目で訴えると、薫は憤慨したように目尻を吊り上げて「その目は何!」と
牙をむき出しにして怒った。

「誰にだって語りたくない過去の一つや二つ、持ってるわ。あなただってそうでしょ?」

言われて、は少し驚いた。語りたくない過去の一つや二つ…か。
まじまじと薫の顔を見つめると、少し顔を赤らめて「何よ!」と眉を寄せた。

「いや、別に。君でもいいこと言うんだなぁって思って。」

ニヤ、と口許を上げて笑う。

「あんた一言多いのよ!…ところで流浪人。あんたどうせ宿代ないんでしょ。ウチへこない?」
「いや、僕はちょっと小用があるから…。好意は有難く受け取るよ。」
「え、さっきは―――」
「ちょっとド忘れした。それじゃあ、また。」

そういって立ち去ろうとすると、「あ、ねえ!」と薫に呼び止められる。「何?用は一度で済ませてくれ。」
と皮肉を一つ呟き、少し笑う。その笑顔がやけに美しくて、やけに儚げで、薫は皮肉を言われた
怒りなんて吹っ飛んでしまい、少しの間見とれてしまった。

「聞いているのか?君、用がないなら―――」
「あっ、ごめ、あの!その…この前は助けてくれたのにお礼も言わないで流浪人風情なんていって…。

  その――――ごめん。」

俯き加減に呟いた薫に、が一歩、また一歩歩み寄る。
細く骨ばったその手を、薫の額へと持っていく。その動作は何処か優雅で、美しかった。

「…熱でもあるの?」

ポツリと尋ねると、薫の顔が一気に鬼の形相に変わり、「人が折角謝ってあげてるのに!!」
をポカスカ殴った。「す、すまん…。」と神妙な顔で謝る

「流浪人――いや僕はそんな小さなこと気にしない。だから、君も気にしなくていい。」

それじゃあ今度こそ。といって立ち去る。

隣町の鬼兵館――――ただ只管そのことだけを考えて、道中歩き続けた。
待っていろ、「人斬り抜刀斎」。


鬼兵館についたのは、もう夜遅くのことだった。いくら隣町といえど、徒歩では矢張り遠い。

「たのもー。」

シーン―――…。
何の反応もない。

「たのもー。」

矢張り何の反応もない。

「たのもー。たのもー。たのもー。たのもー。たのもー。たの…」
「あーうっせえ!なんだテメエは!!」

やっとでてきた男は、例の辻斬りではなく人相の悪い男だった。

「今比留間先生は留守だ!出直してきな!!!」
「ふむ、比留間というのか。僕はてっきり”辻斬り抜刀斎”かと―――」

”辻斬り抜刀斎”の言葉に、男の眉がピクッと動く。どうやら薫の読みは当たったらしい。
徐々に近づいて来る多数の人の気配。危なかった、こんなところに薫一人だけで乗り込んでは
命が危なかった。

「西脇さんどうしたンすか…。」

いつの間にか人相の悪い男たちに囲まれていた。出来れば怪我人は最小限ですませたかったが
そうもいかないみたいだ。

「さあ…こい。」

その一言に、男たちは一斉に刀を振り上げてに襲い掛かった――――



一人――
「ぐわぁ!!」
二人――――
「ひ、ひぃ…!」
三人――――――
「た、助け…!」

次々と薙ぎ倒されていく男たち。気を失った男たちの山がの周りに築かれて
気づけば、西脇と呼ばれた男一人となっていた。 がくがくと震え上がり、今にも地面へ倒れてしまいそうだ。

「言え、比留間は何処へ行った。」
「か、かかかかか、神谷活心流道場です…」

どうやら遅かったようだ。は顔をゆがめて舌打ちをした。