流れる流浪人




「それじゃ失敬。達者で―――」

去っていく。
遠くなる背中。引き止めたい、でもなかなか声がでてこない。

「ま…ま…」

なんだか苛苛する。
自分は何でこんなに意気地なしなのか。腹立たしい。

「待ちなさいよ!!!」

苛立ちがそのまま声に現れた。遠くから、の「うお…」と言う声が聞こえてきた。

「私一人でどうやって流儀を盛り立てろって言うの!?!?少しぐらい力を貸してくれたっていいじゃない!」

本当は、嘘。流儀の盛りたてなんて二の次。

「私は人の過去なんかこだわらないわ!」
「――そうは言うが、喜兵衛のようなやつもいるんだ。少しはこだわったらどうだ?」

先ほどとは違って、皮肉な笑みを浮かべて少し笑った

「それに、僕だけはやめた方がいい。折角流儀の汚名がはれたのに、本物の抜刀斎が居座ったんでは
 元も子もないだろう?」

扉に手をかけ、わかったか?と目で訴えられる。判らない、わかるわけないじゃん…。

「私は…!私は、抜刀斎にいてほしいっていってるわけじゃなくて!流浪人の貴方に居てほし…!」

ついにでてしまった本音。
流儀の盛り立てとか、どうでもいいんだよ。貴方に、居て欲しいの。流浪人に――――
それでも、素直になれない自分は、「もういいわよ!行きたきゃ行けばいいわよ!」そっぽを向く。

「でも…行くなら、せめて名前くらい教えてからにしてよ。「抜刀斎」って昔の志士名でしょ?
 それとも、貴方は本当の名前すら語りたくないの…?」

ガラガラ…と扉の閉まり行く音が聞こえる。そして、ピシャン。と扉の閉まる音。
いっちゃ―――た。なんだか急に目の前が暗くなる。ああ、この男たちどうやって片付けよう。

。」

ハッ―――!
首が千切れるほど素早く後ろを向く。
呆れたような笑みを浮かべて、扉を閉めた流浪人がいた。

。それが僕の今の名前。僕も少し旅に疲れた。流浪人だから、またいつどこへ流れるか
 わからないけど、それでよければ、しばらく厄介になるよ。」

自然と頬が緩む。
浪漫譚の始まりは明治十一年東京下町、流浪人の来訪から。

「って、ちょっとまった!!」

そこで薫はふと気が付いた。

「ん?」
「アンタ一体いくつなの!?!?まさか、その顔で30歳超えてる!?」
「さあ…そういえばいくつだっけかな。」

遠くを見つめて自分の歳を数え始めるであった。