流浪人が神谷活心流道場に身を寄せることになって早一週間。
家事はが行うことになっていた。何故かといえば、薫の料理を食べたからである。
一口食べて、瞬時に箸をおいた。そして一言、「君は僕に何を盛った?」と真剣な顔で問うたと言う。
「何も盛ってないわよ!」と半分キレ気味に言った薫に、「僕が家事をしよう。」と自ら立候補したと言う。




廃刀令違反、東京下町へ




「人斬り抜刀斎の一件はもう解決したのに…なんで誰一人戻ってきてくれないのよ!」

薫が唇を尖らせてぶつくさ文句をたれる。そこへ、洗濯物をしていたがポツリと
「猪突猛進な師範代じゃ誰もこないさ…。」と呟いた。

「何よ!…と言えば、あんた28ですって!?嘘よ!詐欺よ!」
「じゃあ、30過ぎならいいのか?」
「…それもやだ。」
「…はぁ。わがままな娘だ。」




と言う青年は、外見にそぐわず28歳と言う年齢で、今まで悠々と日本を旅してきたらしい
が、彼は実は「人斬り抜刀斎」と呼ばれる伝説の人斬りだったのだ。
だが、皮肉屋で、顔は整っているが無表情でヤなやつだけど、正義感溢れていて、
実は薫はそういうが好きだったりする。たまに見せる優しさが、またいいと思っているのだ。

それにしても、何故彼は流浪人なんてやっているのだろうか?
維新志士の殆どが、今や明治政府の栄職について権力を思うが侭にしているのに。

もしかしたらはそういうの興味ないのかな?

「なんか聞きたげな顔してる。」

現在街に繰り出していて、薫の前を行くがゆっくり振り向くと共に、感情の篭っていないような
声でズバリ、言い当てられた。薫はドキッとした。でも、前に「語りたくない過去の一つや二つある。」
と言っている。ここで聞いてしまっては、自分は矛盾したことをしていることになる。
はズバッと「矛盾してる。」と言いつつも、きっと語ってくれるだろう。でも、矛盾したことはしたくない。

「なんでもない!それより、刀差して歩かないでよ。」
「ほんの二年前までは当たり前に差してた。」
「今はほんの二年前じゃないでしょーが!」
「細かいこと気にするなよ」
「この前みたいに警官に見つかったら、逆刃刀とはいえ没収されちゃうわよ?」
「…そのときは全力疾走で逃げるから。」
「ったく。」

行き当たりバッタリなに呆れつつも、本来の用を思い出して「それよりも」と切り出す。

「早く買い出し済ませちゃいましょ。はお味噌とお塩とお醤油お願いね。」
「何で重いものばっかり?」
「文句言わなーい」

ぶつくさたれながらも、はお店の中へ重々しく入っていった。
ガラガラガラガラ…という馬車の音を聞きつつ、自分も買い物を済ませよう。と思ったとき。
キッと音がして、馬車が止まった。

「馬車上から失礼。」

振り返ると、口ひげを蓄えた初老の男性が馬車から薫を見ていた。
一目でわかる。お偉いさんだろう。どことなく威厳が漂っている。そこらへんにいる警官とは大違いだ。

「少々道を尋ねたいんだが、警察署へ行く道はこの道でよろしいのかね?」
「あ、ああ…はい。つきあたって大通りを右へ曲がった所に―――」
「ありがとう。だそうだ、急いでくれ。」

あります、と言い終える前に男性が謝礼を述べ、急ぐように指示した。
あっという間に馬車は過ぎ去っていって、薫は思わず吃驚したぁ…。と呟いた。
何処の御大尽なのかしら、と思ったが、優先順位は買出しのほうが上なので買出しへ向かうことにした。



「あー面倒くさい。なんで僕がこんなことを…。」

愚痴愚痴と店を巡ると、運悪く警官と会ってしまった。このまま歩き続ければすれ違う。
警官の目がへ行き、視線は徐々に下へ下がり、やがて腰あたりでとまった。逆刃刀だ。
しまった、が渋い顔をする。どんどん警官の顔が険しくなっていく。

「おい」

すれ違ったときに、声をかけられてしまった。はその声をシカトして、何事もなかったかのように
通りすがろうとしたのだが、警官の手がの肩を掴んだ。の顔が益々苦いお茶を
飲んだように渋い顔になる。

「失礼」

そういって鮮やかな身のこなしで警官の手を肩から外す。
そして次の瞬間には脱兎の如くダッシュ。後ろから廃刀令違反めぇー!と言う怒鳴り声が聞こえてくる。

「厄介なことになった。」
「待てー!」

警官が追っかけてくる。店の外にでて街を走る。と警官の間には一定の距離があり、
警棒を振り回している。マンガでよく見る光景だ。
店内に居るわけにも行かず、やむなく外へでた訳だが、街へでてしまってはそこらへんをうろついている
警官にも追いかけられる羽目になる。困った。非常に困った。刀を差してるなんて別にいいじゃないか。
と内心思う。

「ほんの二年前までは当たり前に差してたのに…。」

先ほど薫に言ったような台詞をもう一度繰り返し、どっとため息をついた。