腐りきった現状




しつこいな…。どんどんと警官の数は増えるし、しかもしつこいし。
いい加減諦めてくれたっていいのに、とは顔を顰める。こんな暇あったら、ごみ拾いしろよ。
そんなことを考えていると、目の前に壁があることに気づいた。慌てて足を止めて方向転換しようとしたら
なんと、右方からも左方からも攻め込んできている。してやられた、罠に嵌った猪の気分だ。

(猪と言えば、アイツにこっ酷く叱られるんだろうか)
長ったらしいお説教は嫌いだ。どうするか、屋根を伝って逃げようか。とチラと上を見上げる。
が、なかなか高い。うーんと唸っているうちに、警官がを中心とした周りに半円を作っていた。
その周りに、ギャラリーがわんさか集まってきている。

「もう逃がさんぞ!」
「…ここは穏便に捕まるとするか…。」

捕まって、怒りが心配に変わる頃に帰ればいい。
妥協し始めたそのときだった――――。

「どけどけ!剣客警官隊が通れんだろうが!!!」

ギャラリーたちを―――掻き分けるなんてマネではない―――刀の柄を思い切り顎に打ち込み
こちらへ向かってきている。の表情が微妙に変化した。といっても、本当に微かだが。

こいつら、人を何だと思っているんだ?

の頭の中に静かな怒りが溢れる。判っていた、今の日本がどんな状態かは。
でも、実際に見せ付けられると改めて眉を寄せてしまう。

「失せろといったらとっとと失せろ。」

ふとそんな声が聞こえてきた。
先ほどまで自分を囲っていた警官が一人、鼻血をだして倒れていった。
犯人は…剣客警官だった。酷く冷たい目でを見据え、「なんだ、随分な優男だな。」と呟く。
そして剣客警官はとヒュッと刀の切先をへ向けた。
斬られると思ったんだろう、ギャラリーから悲鳴があがるが、は瞳を閉じ、微動だにせずその場に佇む。

「抜刀したらどうだ優男、この東京府下で帯刀するからには腕に自信があるのだろう?」

切先はそのままに、冷たい表情のまま言った。
だがは無表情のまま淡々と言う。

「むやみやたらに抜く剣は持ち合わせていないさ。力を誇示するために提げているわけではないんでね。」

皮肉を言うと、何が面白いのか、フッと鼻を鳴らして刀を肩の上に載せた。
そのときだった―――

!」

遠くから薫の声が聞こえてきた。
は険しい顔をして「くるな!」と叫ぶが、「え?」と薫が呟いたときには、他の警官がサッと刀を
振り上げていた。一気に薫の髪が広がった。リボンが切り裂かれたのだ。
そして次の瞬間には、刀は薫の喉許でクロスした。薫は生唾を飲み込んだ。

―――の瞳に酷く冷たいものが宿った。

「次は獲物を切り刻んで辱める、もう一度言う。抜刀したらどうだ?」

口角を吊り上げて、ニヤと笑った警官。

「お前は…」

小さく、が口を切る。全く感情の篭ってない声。この声を聞けば、普段の彼の声は
感情が篭っていることに気づく。

「本当に、警官?」
「ああ、帯刀を許可された合法的に人を斬れる剣客警官さ!―――どうだ、抜刀しないのか?」

なんて汚い世の中になってしまったんだ。誰がこんな風にさせてしまった?何処で間違った?
権力欲しさに剣を振るったわけじゃないのに、が唇を噛み締める。
――そこへ、ギャラリーからの怒りの混じった声が聞こえてきた。

「一人残らず…抜刀許可!」

ギャラリーの声より、目の前に居る剣客警官の声がハッキリ聞こえてきた。
抜刀許可、つまり、民衆相手に剣を振るっていい。ということだ。
その瞬間、の中での限界が弾け飛んだ。

「神谷薫にも、町の人にも切っ先一寸たりとも触れるな!相手なら僕がしよう。
 地べたを舐めたい奴は、かかってこい!」

の目が釣りあがり、無表情から険しい顔になった。手には逆刃刀が握られている。
それを見て、剣客警官が満足そうに笑った。