誉れ高き人斬り




は小さく息を吸い、相手の動きを待ちわびる。
剣客警官たちは一斉に襲い掛かってきた。も向かっていき、剣を振るう。
警官たちはあっという間に倒れて、一瞬のうちに多勢だった警官は一人になった。
今のの身のこなしを見て、血の気の引いたような顔になっている。
ギャラリーから一斉に声援が上がる。

「もう横暴な真似をしないと町の人に誓うのなら、終了だ。後は廃刀令違反、傷害罪
 好きなように罰してくれて構わない。」

静かに告げると、警官はワナワナと震えて冷や汗を流している。

「ふざけるな!そんなみっともない真似できるか!!」

「随分と高いプライドだな」、と皮肉を一つ言い、握り方を変えて襲ってきた警官の
を飛ぶことにより難なくかわし、そして隙だらけになった警官の背中を斬りつける。
無論、逆刃刀故に何も斬れない。
男の剣――二ノ太刀不要の示現流――だったか、薩摩最強剣と聞き及んでいた。

最強剣も、権力に溺れたお前では質ががた落ちだ。
と言おうとしたが、やめた。猪の安否を確かめなくては。

!」
「無事だったのか。」

駆け寄ってきた薫を見ながら、逆刃刀を鞘に収めると、ギャラリーが一気に押し寄せてきた。
その拍子に薫がに密着してしまい、顔を赤くしたが、の方が顔色一つ変えずもみくちゃにされた。
そこへ―――

!」

奥から声が聞こえてくる。自分の素性を知っている者?と声の主を見ると、そこには
懐かしい顔があった。ヒゲを蓄えた、初老の男性が立っていた。

「やっと会えたな…。10年間探したぞ。」
「ヒゲを生やしたんですね、山県さん。」

微かに笑みを浮かべて、が初老の男性に言った。山県って…まさか!?
薫が目を見開く。「署長、人払いを。」と山県は傍に控えている警官に告げると、の周り
の民衆はあっという間にいなくなった。横暴だぞ!と声がちらほら上がる。

「向こうに馬車を待たせある。多くの維新志士がお前の帰参を望んでいるんだ、さあ!」

そういって山県さんが手を差し出した。薫の表情が一気に暗くなる。
伝説とまで呼ばれたは…国でも有数のお偉いさんからも必要とされているのだ。
これでが手を取れば、それで私たちはお別れ。そんなの嫌…でも、私はの何でもない。
引き止める権利なんてないのだ。

「あいにくですが、人斬り働きで栄職につく気は微塵もありませんよ。」

困ったように微笑を浮かべて、キッパリと告げた。山県の顔に焦りがでた。
が明治政府に欲しいのだろう。薫はと山県のやり取りを眺めた。

「人を殺したと言っても、それは維新の大業の立派な一部!それをお前はまだ病んでいるのか!?
 確かにお前を「人斬り」とさげすむものも居る、だがそんな輩はこの俺が―――」
「権力でねじ伏せる。」

が小さく言葉を紡ぐ。山県の目が大きく見開かれる。

「そういった思い上がりが、ああいった奴をさぼらせてしまうんです。」

そういって、先ほどに食って掛かった剣客警官を一瞥する。
踵を返し、人が居なくなり静まった通りへ足を進めた。薫が慌ててその後を追う。

「官憲の栄職や権力のためでなく、人が幸せに暮らせる世を創りそして守るため剣をとって戦った。
 それを忘れてしまったら維新志士はただの成り上がりものです。」

最後にそう告げて、頼まれた買い物を済ませようと店への道を頭の中に思い描きだす。
もしかしたら先ほど一悶着あったからもしかしたら入店拒否されるかもしれないが、そのときはそのときだ。

「だが!」

山県に呼び止められ、振り返る。

「時代は変わったんだ、今は新時代明治!廃刀令がしかれ、侍は滅んだ。剣がものを言った幕末とは
 もう違うんだ!官憲の権力なしでこの明治の世に剣一本ではもはや何も出来んのだぞ!!」
「剣一本でも、この目に留まる人々くらいならなんとか守れます。僕は今も昔も変わりません。
 「人斬り」が「流浪人」になったこと以外は。それでは、失礼。」

権力とは怖い。こうも人を狂わせてしまうんだから。世は変わり、力よりも権力が優り
そしてその権力に人々は振り回される。力だけが物をいったあの頃と今の世、どちらがいいのだろうか。

その後と薫は買い物を済ませ、帰路に着いた。

「あの…」
「うん?」
「リボン、台無しになったな。」
「まーね。」
「その…ごめん。」

なんと、あのが謝った。薫の目は点になり、道場へ向かって進んでいた足はピタリと止まった。
何があったのだ?頭でも打ったのか??と、薫がまじまじとを見つめる。
黒髪が風に揺れて、ふわふわと宙を舞う。相変わらず感情の読み取れないが整った顔。

「…聞こえなーい。」
「は?」
「さっきなんていったのか聞こえなかった!」
「…じゃあいい。なんでもない。」
「えー!嘘よ嘘!許すってばぁ〜」