が剣客警官を叩きのめした翌日、神谷活心流道場は久方ぶりに賑わいを見せた。
それもこれも、全部昨日の一件だろう。はがやがや賑わう目の前を見て深いため息をついた。
だが、隣の薫は目を輝かせて、15人いるわ!とか流儀再興とか、色々言っている。




プライド高きスリ少年




「皆、聞いてくれ。僕はこの流儀のものではない、それに弟子を取るつもりもない。」

飛天御剣流は、もれなく弟子募集中だった気もするが。と、どうでもいいことを考える。
そういえば師匠、元気してるかな?ちゃんとした後継者が現れるといいけど、と破天荒な師匠を思いやる。

「昨日の一件を見てここへ来たなら、悪いが帰ってくれ。」

隣の薫の目がぎょっと開かれた。門下生になりかけた少年たちとを見比べている。
やがて神谷活心流道場にはと薫を除いて誰も居なくなった。
「やれやれ。」ため息をついて、「風呂焚くか。」と歩き出した。

「何してんのよー!」

薫の竹刀がに向かって思いっきり振り下ろされた。はそれをひょいと避ける。

「だから、僕はもともと…」
「だからって帰らせることなかったじゃない!」

今度は先回りをしての前に立ったと思うと、胸倉掴んで思いっきり揺さぶった。
これ、女の腕力か?とはグラグラする頭で考える。―――違う、これは女の力じゃない。

「とりあえず入門させちゃえばこっちのもんだったのにー!」

繰り出される鉄拳。いとも簡単に吹っ飛んだは飛ばされながら「そりゃ詐欺だ」とポツリと呟いた。





「まだ怒ってるのか?」
「当たり前よ!」
「だが、興味半分の入門じゃどのみち長くは続かないさ。それじゃ意味がないだろ?」
「でも!私が稽古するにしたって門下生いないからこうして毎日知り合いの道場に
 出稽古しなきゃいけないのよ!全然相手にしてくれないし…」
「僕は竹刀が苦手なんだよ。」

そのときだった、の身体が後ろから押された。腰辺りだから、相手は大人ではない。
これはスリだな、はふぅとため息をついた。盗るもの盗ったらしく、走り去ろうとした童を
飛びついて捕獲した。暫しの乱闘の後、薫が童から財布を取り上げた。まさしくのものだ。

!この子スリよ!これ、貴方の財布でしょ!?」
「ちくしょう!離せこのブス!」

大分口が悪いみたいだ。ブスの言葉に薫の顔が物凄い形相になる。

「失礼ね!これでも巷で剣術小町って呼ばれてるのよ!」
「るっせえブス!!」

薫の剣幕に怯むことなくブスと言い続ける童を、はある種尊敬する。
今朝方彼女の腕力を知ってしまったのだ。このままでは童が危ないかもしれない。

「まあまあ、スられたんだから仕方ないさ。ほら、童。次は捕まるな。」

生きていくため、盗る。これはいけない行為なのかもしれない。
それでも、生きていくためには仕方ない。

「行くぞ、イノシシ」
「ちょ…ちょっと

不服な様子な薫だが、渋々前行くについていく。
いずれ気づくだろう。今やっていることの重大さを、そして後悔をするだろう。
でも、今は仕方ないだろう。生きていくためだ。餓え死んでしまっては、元も子もない。

ゴツン!!!
頭に鈍い痛みがじんわりと広がった。何かと思えば、自分の財布だった。
どうやら、童が投げたらしい。予想外の行動に多少困惑する。

「俺は童じゃねえ!」

薫とは振り仰ぎ、童を見守る。

「東京府士族明神弥彦!他人から哀れみを受けるほど堕ちちゃいねぇ!!
 今のはてめえが一丁前に刀をさげてやがるからちょっとからかってやっただけだ!勘違いするなタコ!」

士族と言うと、武士の家の子だな。それにしてもタコって…僕に言ったのだろうか?
神谷薫なら猪だし、矢張り僕へ向けて言ったのだろうか。だとしたら…。

「君は童だけどな。」
「童じゃねぇってば!」
「君は姿形はまだ子供だが、心根は立派な一人前だな、見くびって悪かったよ。」

謝ると、少年、明神弥彦は毒気を抜かれたようにポカンとしたが、やがてフン。
と鼻を鳴らして立ち去った。