薫の出稽古をぼーっと眺めていたが、やがてむくりと立ち上がり「帰る。」
と一言告げてスタスタ道場へ戻っていった。
薫が呼び止めるのも虚しく、は立ち止まることなかった。

「一体どうしたのかしら…。」

だが、が突発的に何かをするのは今に始まったことではないので
薫は特に気にすることなく稽古に戻った。




明神弥彦救出大作戦




何故出稽古先から帰ってきた、と問われれば黙ってしまう。
特に理由なんてなかった。ただ、妙な胸騒ぎがしたから、ただそれだけ。

そういえば童、明神弥彦といったか、彼は今頃どうしているだろうか。
単独でスリをしているのか、それとも何かの組織に属しているのか…。
単独なら両親はもう他界したか、それとも生活が苦しいか。どちらかだろう。

何かの組織に属していたら…。先ほど自分に財布を返してよかったのだろうか。
何れにせよ、心の根は立派なようだから遅かれ早かれ自分の行為を見直すことが出来るだろう。

「さて、夕飯の準備でもするか…。」

帰ってきて早々文句を言われては困る。
は台所へと向かった。

+++

ー!!!」

夕飯も準備し終えたときだった、突然玄関先から騒がしくなったと思ったら薫が
台所へやってきた。

「そんなに呼ばなくても一度で判る。」
「明神弥彦って子…!男二人にどこかに運ばれてたの!気を失ってたわ!!」

切羽詰ったような表情。は先ほどの妙な胸騒ぎを思い出した。
そうか、これを感じ取っていたのか。は「ご飯は出来てるから、待っててくれ。」と
一言告げて飛び出した。―――穏やかな状況ではなさそうだな、無事だといいが…。

これでハッキリしたことは、童は組織に属して事。多分、ヤクザだろう。
とはいっても、何処の組織か。手当たりしだい当たるしかないみたいた。

何軒回っただろうか。多少手荒な真似をしつつも、この町にある半分の組は回っただろう。
次――関東集英組。

ドンドンと、手加減せずに何度も扉を叩くと、勢いよく扉が開けられて、人相の悪い男が
んだてめぇ、とどすの聞いた声で尋ねられる。

「明神弥彦と言う童を知らないか?」
「ああ、知ってるぜ。ここにいる。」
「いれてもらいたい。」
「ヤダね、素性も知らないおめぇのことなんて誰がいれるか」
「そうか、いれる気がないのだな。では手荒ではあるが、眠っててもらいたい。」

目つきが険しくなる。逆刃刀を抜き、斬りつける。男は一瞬にして崩れた。
何事かと駆けつけた組員の男たちが、を見るなり刀を取り出して、何だてめぇ!
と斬りかかってくる。

「邪魔だ。」

一人目と二人目は近くにいたので、下から切り上げ一緒に片付ける。
三人目は切り上げたことによって上に上がった刀を降り下げて戦闘不能に。

数秒後には、意外意識がある者は誰も居なくなった。


「…ぶっ殺すぞ!」

襖の奥から声が聞こえてきた。―――は襖を蹴飛ばして、入場する。
どうやら襖は見事男に命中。と言っても、蹴飛ばしたのは一個だけだったはずが、
全部の襖が外れてしまったが。

「だ、誰だてめぇ!な、殴り込みだ!全員出合え!!」

組長らしい小太りの男が喚くが、先ほどが全員なぎ倒したのでくるわけもない。

「残念ながらここにくるまでに皆眠ってもらった。仕方ないだろう、いれてくれなかったんだ。
 ――――流浪人、童を引き渡してもらおうと参上仕った。」
「何が仕っただ!」

先ほど襖越しに蹴りをいれた男がいつのまにか襖の下から這い上がり、短刀を構えていた。

「てめぇも士族か!!まとめてぶっ殺して…」
「君さ、今話の途中だってこと気づかなかった?暫くそこで黙ってろ。」

襲い掛かってきた男のアゴへ向けて逆刃刀を振り上げる。
勢いよく男は天へ向かって飛び、天井に頭を突っ込んで静止した。
周りは唖然と宙ぶらりんの男を見ている。

「どうだ組長さん。ここは器のでかい所を見せて快く童を手放してくれないか?」

恐怖に顔が引きつっている組長。

「組員総崩れの恥を晒すよりその方がずっと良いと思うが?」

一瞬、人斬りの自分舞い戻ってきた気がする。
だが、そんなこと構ってられない。今は、童の救出の方が大事だ…。

「わ、わかった…勝手に連れてきな。」
「ありがとう。」

刀を鞘に戻し、弥彦の所へ歩み寄る。

「大丈夫か童。何処に居るか判らなくて、組を一軒一軒回って遅くなった。」

手を差し出して、弥彦を立ち上がらせようとするが、弥彦はその手をはたいた。
次の瞬間ものすごい形相で睨みつけられる。

「誰が助けろなんて言った…。俺は、一人でも闘えた!!」

相変わらずプライドが高いな、は微笑を浮かべる。

「相変わらずだな。…すまない。また僕は君を見くびってしまったようだな。
 侘びに傷の手当てぐらいさせてくれ。」

ひょいと弥彦を持ち上げて、もと来た道をたどる。
気絶した男たちが様々な所で白目をむいて倒れている。

「ちきしょう…!」

微かに、声が聞こえる。

「ちきしょう!ちきしょう!ちきしょう!!」
「自分の非力さがそんなにそんなに悔しいか、童?」

まるで、幼い頃の自分のようだった。
もまた、小さい頃自分の非力さが悔しかった。だから、飛天御剣流を師から教わったのだ。
弥彦の気持ちはよくわかった。わかったからこそ、今自分にしてやれることをせねば。