小さな一歩、だけど確実な一歩




「成る程な、そういうことがあったのか。僕の留守中にそんなことがね。」

事情を聞いたはため息をつき、すべての原因である元門下生たちを見る。
怯えた目でを見ている。自分が処分されるのかが怖いのだろう。

「あの…」
「いいよ、君らはもう帰るんだ。そしてここの門下生だったことは忘れるんだ、いいね?
 そして、二度と剣を手に取るな。」

黙って頷きゆっくりとした足取りで立ち去っていく。

「平ちゃん。」

薫が門下生に声をかける。ビクッと肩を揺らしてとまる。
正直走って逃げ出したかっただろう。一刻も早く元師から離れたかったのだろう。
これ以上に今は、自分を醜く思っているのだろう、とは憶測した。

「肩の傷…お医者さんに看て貰うのよ。」

薫の気遣いに、平ちゃんと呼ばれた弟子は目に涙を受けて頭を下げた。
きっと、何て事をしてしまったんだろう。と激しい後悔の渦に飲まれているに違いない。
相当つらいだろう。薫も、門下生も。は薫に歩み寄り、肩に手を置く。

「…元気出せ。」

静かに涙を流す薫は、黙って頷いた。
気丈な彼女が流す涙を見たのは、これが二度目。

「こっちがどんなに誠意を尽くして頑張ってみても、相手に伝わらないことだってある。」

人間ってそんなもんだ。だが、悲しかっただろうな。

「メソメソしてんじゃねぇよ似合いもしねえ。俺はあんなふうにはならねぇからよ」

てくてくとと薫の隣を歩きながら言う弥彦。
やがて立ち止まり、照れくさそうに振り返る。

「門下生になってやらあ。いきなりみたいになろうたって無理だからな。
 まずはお前程度からで我慢してやる。」

照れ隠しから、憎まれ口を叩きながらだが、それでも弥彦の気持ちは伝わった。
はふっと微笑んだ。

「…しっかり受け止めてくれる奴もいる。」

弥彦は強くなる。は確信した。但し、活心流で。
明治十一年、弥彦の活心流の一歩が踏み出された。





その日の夜、壊された部分を修復を命じられたはせっせと直していった。
派手にやってくれたな。あいつらに手伝わせれば良かった…。と軽く後悔をしていた。
星の灯りで唐牛で見えるぐらいで危ないうえに面倒くさいのだが、弥彦のためにも
明日から道場で修業ができるように今夜中にはどうにかしたと思ったのだった。

!」
「?なんだ?」

目を凝らしてよく見ると、薫が立っていた。手には夜食らしきものを持っている。

「これ、夜食。明日でいいのに…。」

近くに来て夜食を見せて、困ったような顔をした。

「いや、今夜中に終わらせる。修行、したいだろ?」
「あ…うん。でも、無理しないでね?」
「ああ。心配しないでも平気だ。」
「あああああのさ!ちょっとお散歩しない…?」
「?別にいいが…。」

突然の誘いに、戸惑いつつも頷き、夜食を道場において散歩をすることになった。