のこと、好きじゃないわよ?ただの流浪人で、その流浪人を居候させてるわけで。
決して好きなわけじゃないわ。でも、これだけは言いたいの。だから…。




僅かな進展、夜の散歩




「夜の散歩ってのも、新鮮よね。」
「そうだな。」

先ほどから、薫の胸は爆発寸前だった。いつ言い出そうか、いつ言い出そうか、機会をうかがうが
言い出せずに居る。ちら、との横顔を盗み見すると、整った顔に不釣り合いな十字傷。
なにがあったんだろう、と気になるがきっと戦いの中で付けられた傷だろう。と考える。
だが、傷と言うものは、人間の能力ですぐ癒えていくはず。でも、の傷はくっきりと残っている。
どうして…?と考えた所で、がこちらを向いたので思考をシャットアウトした。

「何?」
「え!?別にぃ?」
「とことん怪しいな。…弥彦はもう寝たのか?」
「うん、明日に備えて寝る!とか言ってすぐ布団に入ったわ。」

何気ない会話を交わし、それから沈黙に入った。どうしよう、この沈黙が気まずいな…。
でも、今ぐらいしか言う機会はない。さっき散歩に誘ったとき、正直断られると思っていた。
だけど、了承してくれて、飛び跳ねたいくらい嬉しかった。今しかない――――。
ちゃんと決意したはずなのにいざとなったら行動に移せないで居る。もどかしい。

「…君は」
「え?」
「いつでも明るいんだな。」
「どういうこと??」

珍しく自分から話を切り出したが、意味不明なことを言った。
薫は次の言葉をじっと待った。

「…喜兵衛だったか、そんなようなやつから裏切られた次の日、君はケロリとしていて、
 何事もなかったように振舞ってた。それに、今日もそうだ。今はこんなに元気で。
 それが凄いって、僕は思う。つらいこと、嫌なこと、全部抱きとめる君に憧れる。」

が初めて自分を認めてくれた気がして、薫は不覚にも目頭が熱くなってしまった。
単純に嬉しかった。どうしての一言一言ってこんなに一喜一憂させてくれるんだろう。
つらくても、嫌でも、全部認められるのは、の存在があるからなんだよ。
がいるから頑張れる。

皮肉ばっかいってて、性格悪くて、顔は常に表情がなくて、全然優しくなくて。
でも正義感が溢れてて、強くて、自由で、欲が全然なくて、本当は凄いお人よしで。
顔がすんごい整ってて、綺麗なお肌で、艶ある黒髪、漆黒の瞳で、外見だけで言えば100%の彼。
そんなの存在。それが薫の中で揺るぎない存在になっていた。

「私は…」
「?」
「私はが凄い憧れるわ。詳しくは言ってあげないけど!」
「なんだそれ。」

今なら言える気がする…。今まで言いたかったことが。
そう思い、一層早く心臓が動く。ここで、神谷薫のガッツを見せねば。
意を決して頷き、「あの。」と切り出す。

「お願いがあるんだけど…。」
「やだ。」
「ちがくてー!」

でた、即答。普通の人なら「いいよ。」とかいってくれるのに、一味もふた味も違う。流石。


「あのね…。えーその。あー、うん。」
「何だよ、ハッキリしないな。君らしくない。全部直球勝負なのに。」

が不思議そうに言う。
言うぞ!言うんだ薫!!!!

「あのね!その、私の事名前で呼んで欲しいの。」

言えた!やっと言えた!!薫は何ともいえない達成感を感じた。
言葉にするのは簡単だけど、言うのは随分と苦労した。

「…え?」

に聞き返された。
顔には困惑が浮かんでいた。言わなきゃ良かった、と後悔した。

「何故名前で呼んで欲しいんだ?」
「…いつも君、としかいってくれないし。それかフルネームだし。」
「そうじゃなくて、理由。」
「……………親しい感じがするから?」
「何ではてなが付くのかわからないが、成る程な。」

そういうと、うーん。と唸った。どうなるんだろう…薫は心配そうな面持ちで見守る。
ていうか考えるようなことなのか?いやいや!だからこそ考えてしまうのだ。

「いいよ。」
「ホント!?
「えらい喜びようだな。」
「えへへ」

のこと、好きじゃないのに。ただの居候人なのに。なんでこんなに嬉しいのかしら?
本当に、どうしようもないくらいこの感情は止まらなくて。には不思議な力があるんだな、
って思った。

「じゃあ、そろそろ戻ろう。薫。」

ドキッとして見上げると、がニヤリと笑ってこっちを見ていた。
顔が真っ赤になった。よかった、夜で。だって、私がどんな顔してるかよくわからないでしょ?

嬉しさと恥かしさでいっぱいの笑顔なんだから。