喧嘩売ります買います




庭先で薪割りに勤しんでいたのすぐ近くで、弥彦が素振りをしていた。
たまにその素振りを見て、良い点悪い点を指摘する、という感じでいた。

ー!」
「何、騒がしい。」
「えっへん、これを見よ!」

薫がどたばたとたちの許へとやってきた。
そう言って差し出したものを、はまじまじと上から下まで見つめる。

「落書き。」
「水墨画!」

すかさず薫が訂正して、この水墨画は祖父が書いたと教えてくれた。
芸術方面には疎いにはさっぱりわからなかったが、どうやらすごいものらしい。

「今日はパァッと牛鍋よ!」
「僕、ご飯作ったんだけどな…。」
「いいじゃないの!のご飯は夜に食べましょ?」
「はいはい。」




「いらっしゃいまし――あらあ、薫ちゃん!」
「お久しぶりです妙さん。」

妙と呼ばれた女性は、たれ目のおっとりとした感じの女性で、薫を見るなり駆け寄ってきて
「元気そうで何よりだわ。」と微笑んだ。

「そちらのおにーさんは恋人?」
「ち、違いますって!うちの食客ですよ。」

顔を赤くして否定した薫を見て、は苦笑いを浮かべた。
妙に案内されて、席に付いた瞬間後ろの席からワァワァと自由民権について熱く語っている。
酒が入っているらしく、顔が赤く、お猪口を持っている。

「自由民権…ね。」
「酔うといっつもああなんですよ。気にしないでください。…とりあえず、三人前でいいかしら?」
「あ、あとコーヒーを三つ!」

注文を聞いた妙が、立ち去ると、薫が「弥彦、あなたコーヒー飲んだことある?」
と弥彦の頭を撫でた。弥彦が「るっせーな!」と憤慨した。

「えらくご機嫌だな、かお―――」

違和感が身体全体を奔った。何かくる、多分、酔った後ろの奴らの銚子だろう。
勘でわかった。ここでよければ薫の顔に銚子が当たる。なら――――

?」
「うお…」
!?」

銚子は見事に頭に直撃した。予想以上の痛さに思わず声が漏れ前に倒れそうになる。
薫がを支え、なんとか倒れるのは免れた。

「なんだと貴様!もういっぺんいってみろ!」
「おお何度でも言うわ!お前など木偶の坊だ!」
「おい!人に銚子投げつけといて何議論してんだ!んなこと後にして、まず謝れコラァ!」

弥彦が怒りを露にして叫ぶ、シンと水を打ったように静まり返った。

「煩い!ガキの分際で我々自由民権の壮士に意見するなど百年早いわ!」

一気に怒鳴り返され、逆にがびっくりした。このままではいけないな…。

「ガキもクソもねぇだろ!謝れってんだよこの酔っ払い!!」
「まあまあ穏便に。」
「酔っ払いとはなんだ!我々は自由民権の…」
「るっせえ!酔えば誰だって酔っ払いだ!!」
「まあまあ。」

が必死にでもないが、口論を止めるが、一向に収まらない。
見かねた妙がやってきて、「お客様…騒ぎは困りやすよう。」ととめに入るが、酔っ払いは逆切れした。

「黙れ!女の分際でたてつく気か!」

腕を振り上げ、妙を強すぎる力で払った。これにはの目も鋭くなる。
倒れそうになった妙を、「おっと。」と呟き男が支えた。

「おいおい自由民権ってのは弱い者のためにあるもんだろ。それを唱える壮士がこんな真似しちゃ
 いけねえな。それともなんだ、あんたたちの言う自由ってのは、酔いに任せて暴れる自由の事かい?」

現れた男は、髪が無造作に立っていて、不適に笑んでいる。
壮士たちは、怒りを露に「喧嘩を売る気か!?」と叫び、立ち上がった。

「そうだな。たまには売ってみるか。俺は普段は買い専門なんだがよ、弱いものイジメするのは
 見るのもするのも大嫌いなんだ。」

たまには売ってみるか?普段は買い専門?どういうことだ??
たちの頭を疑問が占めた。商売してるのか?

「特に、自由だ正義だ平等だのと綺麗事をはきまくる偽善者野郎のイジメは
 むかついてたまらねえ」

口許を吊り上げて、挑発する男に壮士たちは「表へ出ろ!」と挑発に乗った。



ギャラリーが何処からともなくあつまってきて、ガヤガヤと騒がしくなる。「止めた方がいいのか…。」
と少し悩むが、弥彦が「本人がやりたいんだからいいんじゃねーか?」と言ったのでそれもそうだな、
と思い頷いた。

「まずは力試しだ、一発ぶち込んでみな。」

指先で煽り、壮士が出るのを待つ。どうやら喧嘩慣れしているようだ。
まんまと煽りに乗った壮士が、「ガキがああ!」とつっこんでくる。…寸鉄を忍ばせて。
寸鉄が手中から現れ、男の顔が一瞬驚き顔になる。壮士はニヤ、と笑み寸鉄を額にぶち当てた。

「卑怯!寸鉄を隠し持つなんて…!」
「いいや、寸鉄は元々隠し武器さ。まあ…自由民権を唱える輩が寸鉄なんぞ使うとはね。
 だが…効果はないさ。」

男は寸鉄を受けたにもかかわらず、微動だにしない。
チッ、と男が舌打ちをし、仲間の壮士たちの顔が恐怖にゆがむ。

「寸鉄使ってこんなもんかよ。てんで話にならねえ!」

指が切れ、腕から血が吹き出た。
喧嘩を吹っかけた壮士の顔が、痛みに、恐怖に彩られる。

「全力出したら弱いものイジメになっちまう。指一本で相手してやらあ。」

すっとデコピンの構えをして、近づいてきた壮士にデコピンを喰らわせた。
たった一発のデコピンのはずなのに、壮士は景気よくぶっ飛んだ。男の圧勝だった。

「つまらねえ喧嘩売っちまったぜ…。」

は、仲間の壮士の一人が仕込み杖に手をかけようとするのを見た。
すかさずかけより、様子を見る。

「くそっ…!」
「酔ったうえの乱行なら大目に見ていたが、そんなもの抜くつもりなら僕も容赦しない。」

刀の柄を壮士の腰にあて、警告する。

「自由民権大いに結構。だが、君らの場合は政府をただす前にまず己を正せ。
 ―――――判ったなら、勘定払ってとっとと帰れ。」

壮士たちは、怪我した男を抱えて立ち去っていった。
男はギャラリーから歓声を受け、うっすら微笑む。妙がやってきて、感謝を述べた。
「何、好きでやった喧嘩だ。礼を受けるもんじゃねえ。それより騒がしくしてすまねえな。」
と男は逆に謝った。いい青年だな、とギャラリーの誰もが思ったろう。

「よう、剣客さん。頭の怪我は平気か?」
「ん?ああ、大したことない。」
「…だろうな、ワザと避けねえで大怪我したらカッコつかねえもんな。」

どうやら、お見通しのようだ。薫は驚いたように「え?」と声を漏らすが、
何事もなかったかのような顔をしている。

「あんときアンタが避けてたら、この嬢ちゃんの顔は今頃血みどろだ。
 だから敢えて避けず自分の頭を盾にした、違うかい?」
「買いかぶり、だ。」
「謙遜するねえ。」

男はニヤ、と笑うが、は相変わらずの無表情で、逆に男が気に入ったようだ。