ああ、今でも思い出す。もう振り返らないって誓ったのに。前だけ見ているって誓ったのに。
それでも僕は弱いから、振り返ってしまう。あの日を。
引き出しにしまっておいた血塗れたバンダナを取り出して、夜空を見た。




あの日の夢を葬って




こんなにさ、何の音も聞こえない夜は思い出すんだよ。
ほら、あの日もそう。奇妙なくらい何の音も聞こえなかった。静寂が包んでいた。
で、突然起きたんだよね。恐怖と不安が入り混じって、僕は気が気でなかったよ。
それでも一番最初に心配したのは他でもない君だった。
母上より、父さんより、リムより、リオンより、一番最初に一番心配したのは君だった。
すぐにでも君の許へと駆けつけたかったけど、僕の立場がそれを許さなかった。
きっと君なら大丈夫、そう信じてた。

そしたら君がやってきた。息を荒げて、身体中傷だらけになって、女王騎士の鎧もボロボロで
その姿を見た瞬間僕の目から涙が伝った。それはきっと、生きていた事への安心感だろう。

――ごめんなさい、少し遅れました―――
苦笑いを浮かべて、僕の所へよろよろとやってきた君。

――お怪我はないですか?―――
君の方がボロボロなのに、君は僕の心配をした。
何もいえないで居る僕の姿を上から下まで見て、ホッとため息をついた。

――大丈夫なようですね、よかったです・・・―――
にこ、と笑った君の所へカイルが駆けつけて、大丈夫!?と君の肩をつかんだ。
そこで僕は気づいた。立ってるのも間もない状態だったんだ。それを僕よりも早く察したカイル。
僕は自分の不甲斐なさに苛立ちを覚えた。


誰かが傷ついていても、僕らはここから逃げなければならない。
そうしないと、本当に太陽宮は終わってしまうから。逃げて、逃げて、逃げ延びて、
そしてリムを助けださなければ―――。

僕らはその場から出た。
無事に逃げ出せれば・・・少なくとも僕らの勝ちだ。勝機はある。母を、父を亡くしても
僕らは闘わなくてはならない。

だが―――――
無我夢中で駆けていた僕らに一本の矢が放たれた。
その矢は、僕へ向かって間違いなく放たれた。もう駄目だ、直感的に感じて目をぎゅっと瞑った。
次の瞬間、僕は横へ突き飛ばされた。

!?」

放たれた矢は君の心臓へ綺麗に刺さった。背中から貫通して、君の左胸からその矢が姿を現した。
吹き出る鮮血。ポタ、ポタ、と血が地面へ滴る。そして、地べたへ倒れこむ。
その様子が、僕にはスローモーションで見えた。

僕が呆然と君を見ていると、リオンとカイルが怒声を上げて矢を放った者を瞬時に殺した。
断末魔の叫びが遠くからか近くからか聞こえてきた。きっと、殺された奴の最期の叫びだろう。
だが、そんなことはよかった。

!」

弾かれたようにのもとへと駆けつけた。呼吸が乱れる。心臓が破裂しそうだ。
徐々に広がっていく血だまり。真っ赤な鮮血が、なみなみと君の心臓から溢れる。

・・・・?」
・・・!僕のせいで、僕のせいで!」

涙が次々と君の頬へ零れ落ちていった。
自分が恨めしかった。何故矢を避けなかったのだろう。僕が避ければ、こんなことにはならなかった。
それでも君は笑った。

の・・・せ、いじゃない。」

その言葉と同時に、力が入っていない細腕がよろよろと僕のところへ伸びてきた。

「これ・・・は、私のせい・・・で・・・す。」
「違う!違う・・・!」
「どうか・・・私の事は・・・忘れ・・・てください・・・。過去を、振り返らないで・・・くだ・・・さ・・・・・・・・い。
 これが私・・・・・の・・・・・・最期の・・・・・・・お願い・・・・・・・・・・で・・・・・・・・。」

伸びた手が僕の頬を撫でたと思ったら、次の瞬間にはだらんと血だまりへ堕ちていった。
美しい瞳も閉ざされ、呼吸することを、生きることをやめた。即ち、――――君は死んだ。

僕は―――君から離れたくなかった。一生このまま、君の亡骸に寄り添っていたかった。
そうすれば、きっと生まれ変わっても君と居られる気がしたから。
だけど、それは許されなかった。

「王子、行きましょう。いつまでもこうしていられません。」
「・・・いやだ、」
「王子・・・駄目です。ここで、立ち止まっていられません。」
「君たちだけで逃げればいいだろ。僕は、と一緒に居るって決めた。」
「王子・・・!判ってください、王子は必要な人なんです。」

リオンが僕の裾を引っ張る。だが僕はリオンの手を振り解く。
放っといてくれ。頼むから。

「僕が・・・僕がここからを置いて行ったら、は一人になってしまう・・・!」
「王子!」
には僕が必要なんだ!僕を庇って死んでしまったんだから、せめて僕が傍に居る。」
「・・・王子、それでは、せっかく様に頂いた命が無駄になってしまいます・・・。」

その言葉に、僕の心は揺れ動いた。そうだ、僕は君に救ってもらったんだ。
それを無駄にするのは・・・。でも、が一人になってしまう・・・。

「それなら王子、様の巻いているバンダナを持っていきましょう?」

女王騎士がつけている黒いバンダナ。君はこれを、女王騎士って感じで好きなんだ。っていって
いつもつけていたよね。それを思い出し、涙が溢れた。もうあの頃には戻れないんだね。

「・・・わかった。」

もう過去は振り返らない。だってそれが君の最期のお願いだから。
だからといって君を忘れるわけではない。君からもらった命だから、いつでも君と一緒に
居ると思って生きるんだ。決して無駄にしないから、僕の命。

そうして僕は歩き出した。





、元気かい?そっちの世界はどんなの?僕もそのうち行くけどさ。
僕が行くまで待っててね、それでまた一緒の世界で生きよう。

今は夢のような君と過ごした日々は僕の中から葬るよ。
君との思い出は、悲しいぐらいに素敵だから。きっと思い出したら前へ進めなくなる。
だから、あの日の出来事を胸にしっかり刻み込んで、僕は前へ進む。
















(君を想って今を生きる)