Brand New Morning
-兄と私-





湖畔の村アストリアで、は聖者としての修行を積んでいた。銀髪を高い位置で二つに縛っており、紫の瞳。
双子の兄のロビンは聖者としての能力を十分にかねそろえていて、将来有望だと皆から羨望の眼差しを
受けていた。対するは落ち零れもいいところ。下級呪文を唐牛で出来る程度だった。
ロビンは才能がある上に優しいので、女性から人気を誇っていた。も同じような顔をしているので、
男性から密かな人気を集めていたりもした。

と双子なんて嘘のようだ。」

と母と父が言っていたのを、幼い頃に聴いたことがある。幼い頃のことは良く覚えていないが、
そのことだけは鮮明に覚えている。胸にぐさりと鎌を突き刺されたように痛かった。
そんな時、何かを察したらしいロビンが、の頭を撫でながらこう言った。

、君は自信を持っていいんだよ。には聖者が向いてないだけなのかもしれない。
 草原の王国フォルセナの黄金の騎士ロキの息子、デュランのように剣に向いているのかもしれないし。」

酷く穏やかな表情。幼いながらも、妹を思う気持ちは誰にも負けていない。
そんな兄を見上げて、溢れてきた涙を拭う。

「でもお兄ちゃん。私、聖者になりたいわ…。」
「それはの自由だよ。のやりたいことをやるといい。才能なんて関係ない。僕がいつでも見守っているから。」

それが双子の片割れである僕の役割でもあるし、とロビンは笑った。
は兄が大好きだった。自信の才能に溺れず、いつでも自分のことを思ってくれている。
ロビンと一緒にいれるのなら、他の誰に疎まれようと、構わないとさえ思っていた。


だが、悲劇は起こった。

その日は二人で夜遅くまで修行をしていた。
見上げれば月が空に浮かび上がり、沢山の星々が夜空を彩っている。
ロビンもも泥んこになりながらも、肩で息をするほど頑張っていた。

「ふぅ…つ、疲れた。」
「それじゃあそろそろ戻ってご飯を食べようか。」
「うん!」

ロビンの提案には嬉しそうに頷いて、武器であるフレイルを片付け、帰路に着く。
だが、二人の背中に、不穏な気配が漂った。嫌な予感がした二人は、顔を見合わせて頷くと、走り出そうとする。

「あなたのお兄さんはとても強い魔力を持っていますネ!」

背中に声がかかった。このまま走り抜ければよかったのだが、なぜか身体が止まってしまった。
まるで、その声には呪文がかかっているかのようだ。それはロビンも同じようで、止まって、動けないでいる。

「誰だお前は!」

振り向きざまにロビンが声に向かい勇敢に叫ぶ。は何も言うことが出来ずに、瞳を閉じて俯いた。

「ワタクシですか?名乗るほどではありませんヨっ。それより妹サン。あなた、お兄サンの能力欲しくありませんカ?」
「…気安くに話しかけるな!」

いつも穏やかなロビンがいつにもなく厳しい口調で怒る。は少し怯えつつも、ゆっくりと目を開いた。
ロビンの能力…。欲しい、と思ってないと言えば嘘になる。そりゃあ、自分よりできのいい片割れ。
人当たりも良くて、頭も良くて、才能がある。羨ましかったり、恨めしかったり、色んな感情を抱いていたりもした。

「お兄サンの能力を、妹サンにあげましょう。今とても暇なんでネ。」
「…そしたら、お兄ちゃんと同じになれるの?」
!」

とがめるようなロビンの声。
でも、は兄と同じようになりたかった。才能のないの存在が、迷惑をかけてるように感じるから。
はいつでもそれを負担に感じていた。なんで私と双子で生まれてきたの?とさえ思った。

それなのにロビンはいつでも慰めてくれたり、優しい言葉をかけてくれたり。だけど、その優しささえも、
辛く感じたときさえあった。いちいち才能のないに気を遣って、きっと疲れるだろう、と時々思っていた。
たちの近くにいる奴が、本当に兄と同じにしてくれるのなら、ロビンだって変な気を使わずに済むだろう。
それって、凄い最良なことだ。だがそれ故に、なんとも甘い誘惑に警戒している。こんなにもいい話、ないだろう。

「ええ。同じになれますよ。同じにネ。クックック」

面白そうに笑う。は少し黙り込み、やがて意を決したように顔を上げて、振り返る。
視界に入ってきたのは小柄な、人間ではない何か。体格に似合わない大きな鎌を持っている。
怪しい、とても怪しいが、私に才能を与えてくれれば、ロビンに迷惑をかけないで済む。

「見返りは…?」
「いいエ、いりませんヨ。だって、暇だからやってるだけですもン。」

いまいち信用ならない。チラリ兄の顔を仰ぎ見ると、険しい顔をして睨んでいる。どうしよう。ロビンの表情に
の中で迷いが生じた。だが、視線に気づいたロビンがを見て、笑顔を浮かべる。その笑顔に少し安心する。

が…がそうしたいなら、やってもいいよ。」
「本当に…?」
「うん。のためになるだろう?」

そういって笑ったロビンの、悲しげな笑顔。なんでそんなに悲しそうなの?
が尋ねようとして、謎の男が口を開いた。

「交渉成立ですネ!じゃあ、行きますヨ。」

謎の男が鎌を振り上げて、風を切りながらロビンめがけて振り下ろされた。
突然の事には呆然と眺めているしかなかった。ロビンの横顔は、うっすら微笑を浮かべていた。

鎌はロビンの胸に突き刺さり、その動きを停止した。
不思議なことに血は出てこなかった。その代わり、ロビンの胸から鎌へ、淡い光が抜き取られていく。
はがたがたと身体を震わせて、それを見ていた。足の力が抜けて、へたりと地面に座り込んだ。

何が起こったの?
状況が全く理解できない。
ただ一つ、理解できてることは、ロビンが謎の男に刺されたこと。