この手よ今は震えないで




緊張する。非常に緊張する。こんなに緊張したことは今までにないと思う。
ロイは胸に手を当ててすぅっと深く息を吸い込み、盛大に吐き出した。
ドキドキは収まらない。誰か、なんとかしてくれないか…?

何故こんなに緊張しているかと言うと、もうすぐ俺の前を、愛しのさんが通るのだ。
そして俺は、さんを呼び止めてこういうのだ。「お友達になりませんか?」って!
そう、まだ友達にすらなっていないのだ。だが、そんなこと関係ない。すぐ俺たちはラブラブになるんだから!

…痛い目で見るなって。まあ、そういうわけで俺はもじもじとここで待っているわけだ。

ああ、早く来ないかなぁ。大分そわそわする。
さっきからルセリナやらビッキーやらが不審な目で見てくる。だから、そんな目で見るなって!
ちょっと、待っている間イメトレでもするか。


さん!」
「あら、ロイさん?」

そういって優雅に振り返るさん。か、可愛いなぁ…!

「今日は俺からお願いがあります、俺と友達になりませんか?」
「はい。…友達といわず、恋人になりません?」

って、どっひゃー!何妄想してんの俺!!不覚にも顔が真っ赤になった。
益々ルセリナとビッキーの視線が痛い。

俺は心を静めるために、再び深呼吸した。完全に落ち着いたわけではないけど、とりあえず
顔の赤みは引いたはずだ。

と、そのとき―――――

「きゃぁあああ!」

女性の悲鳴が聞こえてきた。しかも、この声は―――幸か不幸か、さんのものだった。
何が起こったのかというと…さんが段差を踏み外し、盛大に転んだのだった。
俺はもう、自分でも驚くくらい早いスピードで駆けつけた。

「大丈夫ですか!?」
「だ、だいじょうぶです〜…」

跪き、さんの安否を確認する。ヒザを擦りむいて、血が出ている。
おっちょこちょいな所も可愛い…なんて思ったが、ブンブンと頭を振りそんな考えを追い払う。

「う〜痛い…」
「えっ!?痛いンですか!俺が医務室まで連れてきますよ!」
「えっ!いいですよぉ、私が勝手に転んだんだし、一人で行きますよ。」
「駄目です、俺が責任を持って運んできます!」

任せてください、と胸をドンと叩いた。すると、さんは少し唸り、やがて「じゃあお願いします。」
と頭を下げた。やったー!!やったーーー!!!俺は心の中で万歳をした。

「じゃあ、負ぶってきます。どうぞ」

そういって肩をさんに向ける。
「おじゃましま〜す。」という言葉と共に、さんがのっかってきた。

――――うっ

これはヤバイ状況だ。と、今更ながら思う。
当たるんだ、背中に。何がって、その――――――む…む…

胸が当たってるんだ!!!

これには一気に顔が赤くなった。しかも、全身熱い。これは非常にヤバイ状況だ。
このままじゃ俺が持たない…!
だが、頑張って、恐る恐るさんの太ももに腕を回す。やばい、震えてる。

この手よ、今はどうか震えないで!

さんを固定して、足に力を入れて立ち上がった。
胸がぁ〜胸がぁ〜〜!!

「あの、重いですよね…?」
「えっ!?いえいえ、全然そんなことないっす!じゃ、いきます!」

重いわけない、寧ろ軽い。問題はその胸です、さん。ふくよかで何よりですが、このままじゃ
僕が崩壊してしまいます。

助けてくれよー!誰かー!!

「でもよかったです、転んで。憧れのロイさんに負ぶってもらえましたから」
「…え?」
「えっと、私ロイさんに凄い憧れてたんですよ?」
「えー!?お、俺にですか!?」
「はい!ずっとロイさん大好きで…。」

手が震える。ずっと、大好き…?この言葉は確かに俺に向かって言われた言葉だ。
きっとさんの好きは、俺の考えている好きとは違う意味なんだろうけど、それでも震えた。
好きな人から言われる好きが、こんなに特別なものだとは思わなかった。

「大丈夫ですか?手、震えてません?」
「あ、大丈夫です…。」

たった今、決めた。
いつかさ、俺がさんに言わせてみせるから、「愛してる」ってさ。

それまでずっと貴方を求め続けるから、好きですさん。誰よりもね。