カフェオレの君へ、僕に幸せをくれませんか




頬杖を着いて、ため息をつく。そしてチラリとソファで寝息を立てている彼女の姿を見ては、またため息をつく。
それの繰り返し。綾里真宵は、成歩堂龍一の陰鬱なオーラに、眉を寄せる。
(こんなに、負のオーラだしてたら、お客さんなんてくるわけないじゃない!)
一言ビシッといってやろうと思い、つかつかと歩み寄る。

「なるほど君!」
「………ん?」

ぼんやりとした瞳を向けられ、はあー!と、誰が聞いてもワザとと判るようなため息をついて、だんっと
彼がいつも法廷で異議を唱える際に机を叩く感じで、叩いてみた。じい〜んと痛みが掌から広がる。

「そんなにね、暗いオーラ出してたらお客さんこないよ!」
「…ごめんね。」
「謝るなら、早く明るいオーラを出してよ!」

ぶう、と頬を膨らませ、訴えると、彼は再びため息をついた。

「僕は、一体彼女の何なのだろう。」
「かのじょ?」
「いや、なんでもないよ。」

ぽつり呟いた成歩堂の一言に、真宵は反応するが、成歩堂はそれ以上の発言をやめる。

「…第六感から行くと、ちゃんでしょ?」
「……さあ?」

一瞬、びくっとしたのを見逃さなかった。そして、気まずそうな顔でとぼけて見せると、真宵は満面の笑みになり
成歩堂の肩をがしっと掴んだ。成歩堂が驚いて顔を上げる。

「いいこと教えてあげるよ!」
「いい…こと?」
「あのね、ちゃんはね…」
「ん…ふあー。あれ、寝ちゃった?」

真宵が何かを言いかけたところで、寝ていたはずのが、眠たそうな眼を擦って伸びをしている。
あちゃー、と真宵がバツの悪そうな顔をして、「あとでね」と颯爽と去っていった。
成歩堂は真宵の言葉の先が気になった。先ほどの口ぶりから言うと、続きに繋がる言葉は
この都合のいい頭はでは「なるほど君のこと好きなんだよ。」しか思いつかない。
(…どうしても期待してしまう。だめだ、裏切られたとき、悲しみが増すだけだろ?)
そしてまた、成歩堂はため息をついた。デスクに突っ伏し、暫くすると、コーヒーの香りが漂ってきた。


「そんなにため息ついちゃって、幸せ逃げちゃうよ?」

いつの間にか成歩堂の目の前までやってきて、のほほんとカフェオレを飲んでいる。
成歩堂は身体を起こし、「うーん…」と曖昧な返事を返した。

「本当にどうかしたの…?」
ちゃんのせいだよ。」
「わたしが、なんかした?」
「した。」

きっぱり言い放つと、は眉をハの字にして首をかしげた。身に覚えのないのだろう。

「ごめんね。」
「理由、わかんないんだろ?」
「うん…。」
「じゃあ、教えるよ。」

がこくんと頷いて、カフェオレをデスクの上に置いた。
男成歩堂龍一、ここは潔く自分の気持ちをストレートにぶつけるのが得策だと信じ、勇樹を振りしぼり
成歩堂がを抱きしめた。慣れない事にがちがちで、実にぎこちない感じだが。
出来るだけ優しく。けれど出来るだけ強く、気持ちが伝わるように抱きしめた。

「僕、ちゃんのこと、好きみたい。」
「え…」
「君にとって僕ってナンなんだろう、って考えてた。そしたら、段々怖くなった。
君にとって僕は、ただのしがない弁護士なんだって、思ったから。僕にとって君は、
ただの助手なんかじゃないのに…。」
「なるほど君…わたしは、ずっとまえからなるほど君のこと、男性としてみてたよ。好きな、男の子として…。」

好きな男の子。その言葉に、成歩堂の胸は年甲斐なくぎゅう、っと締め付けられた。
心臓がその言葉に握りつぶされそうになる。(ああ、僕らの思いは繋がっていたんだ…)
一方通行かと思っていた想いは、そんなことはなくて。成歩堂に届く心地よいの体温は
そのことを伝えているような気がした。  僕らは、繋がっていた。

「なるほど君、わたしのせいで苦しませてたみたいでごめんね。」
「あ、いや!その、僕のほうこそごめんね…。」
「もう、悩まなくてすむね。」
「うん…。」

表情は見えないが、きっとどうしようもなく赤い顔で、どうしようもなく嬉しそうな顔をしているんだろう。
ふたりとも、同じ事を思った。そんなふたりを、嬉しそうな笑顔で見守る真宵。

(あーよかった。くっついてくれて…。)

ふたりの気持ちを知っていた真宵は、常日頃早くくっつけと祈っていたのだが、その祈りがやっと通じたので
彼女自身も非常に晴れやかだ。彼女の姉である綾里千尋にそっと、(なるほど君は幸せ者になったよ!)
と心の中で声をかけた。

ちゃん、好きだよ。」
「わたしも、好き。」
「一生大切にするから…離さないよ。」

成歩堂はそっとから離れると、暫く見つめあい、そして口付けをした。
から薫る香りは、カフェオレの匂い。