ものがたりのはじまり




両親が、武人さんに殺されてしまいました。
今のご時世、仕方ないのかもしれません。ですが、私はとても悔しかったです。
両親の亡き骸の隣で暫くぼうっとしていました。
これからどうしましょう、身寄りも居ませんし、いっそ私も…私も殺されたかった。
いっそ、武人さんみたいに切腹してみましょうか。でも、痛いんでしょうね…。

「おい」

誰かから声がかかりました。ゆっくり振り返ると、武人さんが居ました。
全体的に赤い服をきていまして、厳つい印象があります。その手には、武器が握られています。
私を殺そうとしてるのでしょうか?殺して…くれるんでしょうか?

「私を、殺してくださるのですか…?」
「…そこの者たちの娘か?」

何も言わずにコクリと頷き、「殺してくださるんですか?」と再度尋ねる。
武人さんは暫く黙り込みました。

「殺して、欲しいのか?」
「はい。身寄りも居ません。誰も私を求めてはくれません。生きている意味がないのです。」

そういって微笑むと、武人さんは首を振る。見ず知らずの人を殺すことなんて、容易いでしょう?
なのに何故躊躇うのでしょうか。

「どうしたのですか?」
「こういっちゃ可笑しいだろうが…。お主のような美しい女性を求めん男はいないと思うぞ?」
「では、では貴方は私を求めてくださるのですか?」

縋るように尋ねると、武人さんは迷うことなく力強く頷きました。

「ああ。我が城に案内しよう。ついてこい。」

そういうと、武人さんはくるりと背を向けて歩き出しました。
我が城…ってことは城主なのでしょうか?もしかしたら、騙されてるのかもしれませんが
もう死ぬ覚悟はでてるので、別にいいんですけど。
私も武人さんの後を追おうとしましたが、お母さんとお父さんの事が気になりました。
このまま置いてけぼりだと、誰にも弔ってもらえないでしょう?だから、私はお墓を作ってあげなきゃ。

「待ってください。私、お母様とお父様のお墓を作らせて貰います。先にいっててください」
「いや、勿論作ってからだ。だが、こんな場所ではご両親も報われまい。」

言われてみれば、辺り一帯死体だらけなのだ。
こんな場所ではお母さんもお父さんも落ち着かないのかもしれません。
この武人さんはとてもいい人なのかもしれません。
きょろきょろと場所を探す大きな背中を見て、少し微笑みました。



武人さんは穴まで掘ってくれました。(ものすごい雄たけびには腰が抜けそうになりましたが)
お父さんとお母さんを穴に入れて、土を被せて、手ごろな石を探して載せて、
簡単ですがお墓が完成しました。両手を合わせて目を瞑り、”どうか安らかに…。”
と祈りました。目を開けて武人さんを見ると、武人さんも目を瞑って合掌していました。

「なんて、言ったんですか?」
「うむ。お前さんのこと、頼まれた。とな。」

野性的な笑顔で私の頭を叩きました。…ポンポンのつもりなのでしょうか。
この人は悪くない人。と改めて感じました。

「ワシは武田信玄。お主は?」
「し、信玄様だったのですか!?え、えと…。と申します。」

びっくりです。あの、信玄様だったとは…。言われてみれば、とても威厳が漂っているような…。
恐縮してしまいました。信玄様のお城に招かれるとは。

か。わかった、今日からお前はワシの娘だ!」
「…ええ!?で、でも悪いです…。」
「何をエンリョしておるのだ。いいな、よ?」

身寄りのない私を思って言ってくれているのでしょう。
信玄様の暖かさに、私の目から初めて涙が流れました。

これがものがたりのはじまり。