君を亡くしたあとで、何が変わった?僕は君が亡くなった後も、気丈に生きてきたはず。
それでも変わったと周りから言われる。暗くなった、と何度も言われた。
そうか、言われてみればそうかもしれない。笑うことが減ったと思う。・・・当たり前、か。





ひとりではおろか、ふたりでさえ立てない、この足





君が亡くなって、もう一ヶ月。もうそんなになるのか、とため息をついた。
それでも僕は軍のために闘い続けた。僕が歩くのをやめたら、それは僕らの負けを意味するから。
だから僕は周りに助けられて、どうにかこうにか歩くのをやめないでいる。
―――――だけど、いつもギリギリの状態で、いつ立ち上がれなくなるか僕にもわからない。

「王子?おきてますか。」

リオンだ。僕は起きてるよ、と一つ告げてリオンの入室を待つ。
程なくしてリオンが入ってきて、おはようございます。とにこやかに言った。
僕もそれに倣い、おはよう。と呟く。

「大丈夫ですか王子、立てますか―――?」

この立てますか、は足云々のことではなく、闘えるか、という意思を聞いている。
僕は少し迷いながらも、頷いた。立てなくても、立たなくてはいけない。

「それじゃあ、ルクレティア様のところへ行きましょうか。」

少し悲しげにリオンが、僕の手を引いた。その手に引かれるまま、僕は自室を出た。
朝から賑やかで、笑顔溢れるイグナイテッド城。心から笑えることの素晴らしさを、最近知った気がする。
それは多分、心から笑うことができなくなったから。なくなってから知ったからだ。



「あら王子、おはようございます。」

ルクレティアさんの許へとやってきた。相変わらず総てを見透かすような瞳。
この人は怖い、微笑みの裏で何を考えているかわからないから。

「おはよう、ルクレティアさん。」

作り笑顔を浮かべる。昔は作り笑顔って言うのには抵抗があり、できなかった。
だが最近では作り笑顔に抵抗なんてなく、寧ろ作り笑顔ばっかりの毎日。
それもこれも、君がいないから。

「今日は、さんが亡くなられて一ヶ月ですね、大丈夫ですか?」

本当に心配しているのだろうか、と一瞬疑うが、疑っていても何も始まらない。
僕はああ、まあ。と曖昧な返事を返して目線を下にずらした。

「―――本当ですか?本当に平気なのですか?」

反射的にルクレティアさんの顔を見た。何が言いたいんだ。少し不思議そうに彼女の事を見る。
ルクレティアさんの顔は、一見心配しているようにも見える。だが、僕の反応を見ているようにも見える。

「平気、です。僕が立ち止まっては、終わってしまいます。」
「そうですね。ですが、時には休息も必要です。さんのお墓参りにいってはどうでしょう?」
「・・・それもいいかもしれません。では、後の事は頼みました。」
「はい。任せてください。ロイ君と君を存分に使わせてもらいます。」

そうときまったら、僕はリオンと共にが眠る場所へと赴いた。



風凪ぐ、緑揺らめく、太陽が燦燦と降り注ぐ今日のような良き日、君は雲の上の世界で
どんなことを思っているんだろうね。

墓石の前に立って、両手を合わせる。

――ねえ、少しは僕の事思い出してくれてる?たまにでいいから、僕のこと思い出してね。
そっちの世界は楽しい?僕はまだいけそうにないけど、この戦いが終わったらきっといくから・・・。
また出逢えたらいいね、そしたら僕、今度こそは君を嫁として迎えるから。今まで婚約者としてだったけど
今度こそは、今度こそは君と結婚するから。だから、だから――――――

途端に涙が溢れた。
涙を拭うことはせず、でも声を押し殺して泣いた。
足からスゥ、と力が抜けてがくんと倒れ、四つんばいになった。

何で死んだんだよ――――!早く、早く僕の所へ戻ってきてよ―――

顔が涙と鼻水でぐちゃぐちゃになってきた。

――君を思い出すたびに僕は歩くのをやめてしまいそうになるんだよ。――

綺麗な思い出に溺れていたって、目の前には薄汚れた現実。
それなら、いつまでも綺麗な思い出に浸っていたい。

――君が死んで一ヶ月、よくここまで頑張ってこれたと思う。――

リオンが駆け寄ってくる。
こんな醜態を見られるのはとても忍びないが、それでも僕は泣き続けた。

――どうやら僕の足は、もう立てないらしい。――

腕の力を抜いて、緑の大地に横たわる。太陽光が眩しい。

――この足はもう歩きたくないと悲鳴を上げている。君の居ない世界には適応することのできないこの足。――

僕ひとりで頑張っても、リオンが手伝ってくれても、きっと僕は立てないだろう。
ひとりではおろか、ふたりでさえ立てない、この足。

ああきっと、ルクレティアさんはこういうことになることを読んでいたんだろう。
彼女は戻ってくると思ったのかな、でも残念。僕はもう歩けないんだ。

後の事はロイやに頼んでいいのかな。僕、もう疲れたよ。
の墓石の前で、目を瞑り、そして眠りについた。

意識が飛ぶ直前に聞こえた言葉は、リオンの切なげな声。

私じゃ様の代わりにはなれませんか?―――――




ねえ。あなたは、途中で投げ出しちゃうような人じゃなかったわ。

の・・・声?
ガバッと起き上がり、周囲を見る。だけど、それらしき人は居なかった。

私が居なくても、あなたは強く生きていかなきゃ。あなたは、必要な人だから・・・。

必要なのは僕じゃなくて、王子と言う肩書きと黎明の紋章なんだ。
王子の肩書きはが持っている。それに、黎明の紋章はに明け渡すよ。
そうすれば僕と言う人間は必要じゃなくなるんだよ。

ううん。あなたが必要なの。という人間は皆に必要なんだよ。私があなたを必要としたように、ね。

僕だって、僕だって君を必要とした!なのに、君は逝ってしまった。

確かに、物理的なものとしては傍に居てあげれないけど、私はの足にいるから。

足に?・・・せめて、心とかいったほうが―――。

足なの!あーし!あのね、の足の中に居て、前へ進めるようにサポートするから。
ひとりでも、ふたりでも立てないなら、さんにんいれば大丈夫でしょ?

次の瞬間、が僕の目の前に現れた。懐かしい微笑み。
その微笑みを見た瞬間、―――立てる気がした。きっと立てる。




「うじ・・・王子!王子!!」

ぼやけた視界で、唐牛でリオンが見える。酷く焦燥している。
やっと視界がクリアになってきたところで、リオン?と呼びかける。声が少し掠れる。

「王子!!も、もう!死んじゃったかと思いました!!」

涙でぐちゃぐちゃになったリオンが、声を上げて泣きついた。

「リ、リオン・・・。ごめん。」
「王子―――王子がこれ以上無理だって言うなら、私は反対しませんから・・・!」
「ん、リオン、もういいんだよ。」

リオン頭をぽんぽんと叩くと、リオンは不思議そうに顔を上げる。
僕は笑顔を浮かべて、口を開く。

「もう立てるよ。ひとりでも、ふたりでもだめだったけど、さんにんになったから。」

おそらく意味が判らないだろうこの僕の言葉に、リオンは、はい!と小気味よく返事をした。
とりあえず、僕が前へ進める、と言ったことが嬉しかったんだろう。

「行こうか。リオン――――そして

僕にはがついているから、何処までも歩いていけるんだ。
ねえ。これからもずっと支えてくれね。