今を続けられなくなる、その日まで




今日も俺は、女王騎士としての訓練を怠らない。いつ誰が襲撃してきても、俺が退治してやるんだ。
一見大人しそうに見えるけど、本当はめちゃくちゃお転婆でやんちゃなお姫様を、俺が護ってやるんだ。

ー!」

…この声は。

「…姫。いまは、訓練中なのですが。」
「そんなのいいではないか。それより、さ、一緒におはなししましょうよ。」
「そんなのって、失礼です。護衛はどうしたんです?」
でしょう?」
「違います!また置いてきたんですね…」

彼女が護衛を置いて俺のところへ来るのはしょっちゅう…むしろ、毎日のことで、もうこれが当たり前になっていた。
全くこのお姫さんは自分の立場をわかっていないと思う。彼女は次期女王なのに、一人で出歩いていて、正直馬鹿だ。
…そういうところもいいんだけどな。

「ねえ?」
「なんですか?」
「一緒におはなししましょうよ。」

再び繰り返す姫。先ほどよりも心を込めて。俺は、姫にめっぽう弱い。…ほれた弱みってやつだろう。

「しょうがないですね…。」
「ふふふっ!そうときまったら、さあ、中庭へいきましょう!それと早く、その似合わない敬語をやめてください。」

姫は俺の手を掴んで、小走りに駆け出した。俺よりも小さいくせに、何かやるときはいつも彼女が先頭を切る。
まるで、俺が女のようだ。っていつも思う。ま、いいけどね。それにしても、似合わない敬語ってなんだ。
敬語に似合うも似合わないもないだろう。

?」
「ん?」
「わたくしのこと好きですか?」
「む…。」

俺の手を引きながら、アルが質問をしてきた。とっても答えにくい質問だ。
彼女はその質問の答えを知っているはずなのに、意地悪く聞いてくる。全く、いい性格をしていると思う。

?」
「アル。」
「はい?」

やられっぱなしじゃ性に合わない。やられたらやりかえす、これ常識だよな。

「アルは俺のこと、好きか?」
「…」

彼女は振り向くこともなく、また反応することもなく、ひたすら無言で俺の手を掴みながら歩き続ける。
手には先ほどよりも力が篭っていて、じっとりと汗が滲んできた。
なんというか、居心地が悪いような、いいような、不思議な沈黙。
そのまま沈黙は続き、暫くすると中庭に辿り着いた。辿り着くまでの道のりがやけに長く感じられ、
俺は中庭に近づくにつれ、質問したことを後悔し始めた。まさかこんなにだまられるとは思わなかったのだ。
だが、後悔し始めた頃には”やっぱさっきの質問はナシで”と言いやすい時間を過ぎていて、言えないままでいる。

いつもどおり、アルは手を離し、青々とした芝生に腰を下ろし、隣をぽんぽん、と叩いて”隣に座れ”のサイン。
俺は黙って隣に座った。先ほどまで握っていた手が、スースーして不思議な感じだ。

そのまま何を話すわけでもなく、何をするわけでもなく、俺たちはただただ目の前の景色を一緒に眺めていた。
日差しを受け、草花たちが生き生きと輝いている。その周りを蝶々がひらひらと舞っている。
改めて見ると、とても可愛らしく、同時に愛しい光景だ。忙しい現実から遠く離れたようだった。

すると突然、隣に座るアルが、何も言わずに俺に抱きついてきた。ぎゅ、とキツク。キツク。
何かを伝えたいように、キツク俺を抱きしめるんだ。俺はどうしたらいいのかわからなくて、とりあえず
頭を包み込むように撫でる。

…わらわは、が好きなのです。どうしようもなく、好きなのです…。これから先も、ずっと一緒ですよね?」
「アル…。」
「変な胸騒ぎがするのです。なんだか、と過ごすこの日常が、いつか壊れてしまいそうな気がして。」

君は知らない。なぜなら、まだ幼いから。
当たり前のこの”今”が永遠ではないことを。
だけど気づき始めている。君の周りで何かが変わり始めているんだね。

「…俺たちは変わらないよ。」

そう、変わらないんだ。君が姫で、俺が女王騎士だと言う事実は。
君を幸せに出来るのは、俺じゃない。

「よかった…。」

心底安心したように呟いたアルに、俺の胸はちくりと痛んだ。
それでも、これでいいんだ。と無理矢理言い聞かせる。本当のことを言うのは今じゃない。
今は、永遠じゃない。だけど、今を続けられなくなるその日までは、君と二人、一緒に居ても構わないよな?