今度はもう、離さないと約束して





空は澄み渡り、雲なんて一つもない快晴。と幸村は手を繋ぎながら城内を散歩していた。
照れ笑いを浮かべて会話を交わし、たまに沈黙を味わったり。血なまぐさいこの時代を思わせないような
ほのぼのぶりだった。これには自然と周りの人の表情も緩み、一時だけ戦国の世を忘れているようだった。

「こんなにのんびりできるの、久々ですよね。」

本当に幸せそうな笑顔で、が幸村を見上げつつ言った。

「そうでござるなぁ。今日の日を迎えられたこと、それがし幸せでござるよ!」

幸村も同様、本当に幸せそうな笑顔で言った。いつでも死と隣り合わせの戦国時代。
そんなか、こんな幸せなときを過ごせて幸村は本当に幸せなのだろう。
武士道とは死ぬことなり、とよく言うが、幸村はそう思わない。愛するものが帰りを待っている。
そう思えば、生きよう。と思うようになる。無論、主君の命が危険に晒されたら命がけで護るが。

「これからもずっとこんな日が続くと良いんですけどね。」
殿がそれがしのことを…その、好いていてくれれば、いつまでも傍にいるでござる。」

但し、戦と修行のとき以外でござるがな。と苦笑いを浮かべつつ、つけそえた。の顔にサッと影が差した。
武士なのだから、仕方ない。とは自分に言い聞かせているが、本当は寂しい。
いつ死ぬかわからない。いつこの手の温もりが消えるのかわからない。いつ、不器用ながらも必死に全力投球
の愛を投げかける彼がいなくなってしまうかわからないのだ。だからこそ、今この瞬間を大事にしたい。
後悔はしたくないから。

「その…姫?そんな顔しないでくだされ。それがし、そんな顔しないで欲しいでござる。笑顔が、一番。
 特に、殿の笑顔は数ある笑顔の中でもダントツで一番は、殿の笑顔でござる!だから…」
「ふふ、そうですね。ごめんなさい。うまく笑えてるかわかりませんが…。」

ぎこちない笑顔を浮かべる

「うーん。五分ぐらいでござるな。」
「うわ、半分しか笑えてませんね。」
「仕方ないでござるよ。…あ、殿。見てくだされ、これはこの前植えた花でござろうか?」
「あ、本当ですね!わぁ…もう芽が出てますよ!凄いです!!」

と幸村の花」と書かれた看板の後ろには、数本の緑色の芽が出ていた。
実はつい先日、幸村ととで花の種を植えたのだ。その種が、もう芽を出している。
は感動してついつい大声を出してしまい、すぐに恥かしさが襲った。(子供ですか私は!)

「ははっ、殿嬉しそうでござるな。そんなに嬉しがってくれるなら、探したかいがあったでござる」
「大分お手を煩わせたようで…申し訳ございませんでした。でも、本当に嬉しかったです!」

なんと花の種は、幸村がのために探してきたものだった。
普段寂しい思いばかりさせているから、せめてもの償いにと半日かけて探したのだ。

「これからぐんぐんと育っていきますように、お祈りします。」

片手がふさがっているので合掌することは出来ないので、目を瞑って(綺麗な花を咲かせますように。)
と祈った。花が咲いて、再び種が出来て、そして新しい命を託す。植物って素敵です、と
花の育つ過程を思い浮かべて感動する。

目を開いて、隣の幸村を見上げると、幸村もまた目を瞑って口だけ動かしていた。
やがて瞳が開けられて、目が合った。すると照れくさそうに、「それがしも祈ったでござる。」と言った。

「そろそろ行きましょうか。」
「そうでござるな。」

歩き出した瞬間、突然声が聞こえてきた。

「幸村ぁああぁぁああ!おらんのか!!!!!」
「この声!お館さむぁあああぁああああぁああぁぁああ!!!!」

ハッと顔をこわばらせたかと思うと、と繋がれた手をパッと離して声のするほうへ超特急で走っていった。
残されたは呆然と幸村の後姿を見守っていたが、やがて覚醒して何があったのかを考える。

(私は、幸村様においてかれてしまった?)

いくら信玄の呼ぶ声がしたからって、何も言わずに置いていってしまうのはあんまりではないか?
ちょっと待っててくだされ、一言告げてくれればよかったものを、信玄のもとへすっ飛んでしまった。
は急速に落ち込んでしまった。所詮私よりも、お義父様なんですよね…。

芽の近くに腰掛けて、じっと芽を見つめる。まだまだ小さく弱弱しいが、これからすくすく育つであろう。
ちょっと握れば折れてしまいそうな茎は、やがて雨にも風にも負けない茎へとなっていく。
私も、そうなれればいいんだけどな。と苦笑いを浮かべて目を瞑る。打たれ弱い自分が、嫌いだ。
置いていかれたぐらいなんだ…。いつだって私は彼の帰りを待っているじゃないか。

殿ー!!!!」
「…幸村様?」

暫くすると、名を呼ぶ声がする。こんな大声で自分の名を呼ぶ人なんて、幸村ぐらいだ。
は顔を上げて姿を確認する。酷く焦った様子の幸村。どのかの国が攻めてきているのだろうか?
立ち上がり、幸村がやってくるのを待った。

殿!…すまんでござる。それがしは、殿を置いていってしまった…。」
「…いいんですよ。」
「だが!!!!殿、叱ってくだされ!!!!」

そういわれても…。は困った顔をして、唸る。こうなったら、幸村は食い下がらない。

「それじゃあ、今度はもう、離さないと約束してくれますか。」
「…勿論。それがし、この手を離す気はないでござる!二度と!!」

の手を握って、照れ笑いを浮かべつつ力強く言った。

「信じてます。ずっと、いつまでもその言葉を信じてます。」

の言葉を聴いて、幸村は嬉しそうに微笑みを浮かべての手の甲に口付けした。