きれいなひと




あの人きれいだよなあ…。
と思い始めたのはいつの頃か。戦場でたまに見かける、華やかな着物を着てるくせに手には細身の剣
を握っている女性。蘭丸は最初その女性を見た瞬間から興味を持った。
着物が真っ赤な返り血で染まっても、彼女は怯むことなく前に立ちはだかる敵を倒していく。
そんな女性を、きれいなひと、と称し、いつしか蘭丸は武田の戦場を見に行き、探すようになっていた。
だが、女性の傍にはいつも赤いのが居た。悔しいがお似合いで、蘭丸は二人を見るたび心臓がかき乱される
ような感じがした。

それが、”嫉妬”と言う感情なのだ、と理解したのは、濃姫にそのことを言ってからだった。
濃姫は「蘭丸君にもそういう人ができたのね。」と嬉しそうに笑っていた。
そういう人ってどういう人?蘭丸はいまいち理解ができなかった。
ただ、あのきれいなひとはこんぺいとうよりも欲しいものだと言うのは確かだった。


ある日のこと、武田と織田とで戦をすることになった。
そのことを聞いた蘭丸は、とても嬉しかった。あのきれいなひとに会える。そう思っただけで蘭丸の心は躍った。
だけど蘭丸は気づいていなかった。戦、と言うことは殺しあうこと。きれいなひとと蘭丸が出会ってしまったら
殺しあうしかないのだ。



合戦の日。
蘭丸はうきうきと敵を倒していた。きれいなひとに会いたい、その一心で武田の兵を倒していった。

「蘭丸君、今日は調子がいいのね。」

濃姫が蘭丸に声をかけると、無邪気な笑顔で「きれいなひとに会えますから!」といった。

「会う…って、ことは」

殺しあうって事なのよ?

そのことを伝えようとしたが、既に蘭丸の姿は消えていた。
濃姫は下唇をかみ、切実にきれいなひとと蘭丸が出会わないことを願った。

だが、濃姫の祈りは儚くも散った。
きれいなひとと蘭丸は出会ってしまった。

「あ…」

蘭丸がきれいなひとを見つけた。

きれいなひとも蘭丸を見つけた。

「幸村!あの子、強いわよ…!」
「おおおう!行くぞ!!!!」

赤いのときれいなひとが蘭丸に向かって駆け出した。
蘭丸は満面の笑みになった。やっと会えた。きれいなひとと…。まず、名前を聞きたい。
だが、そのまえに赤いのを退治するしかなかった。

「邪魔なんだよ!」

蘭丸の放った弓が、赤いのの胸を貫いた。

「うっ、ぐう…!」

赤いのはそのまま前に倒れこんだ。真っ赤な血がどくどくと流れでる。
きれいなひとが赤いのの許に駆け寄り、泣きついた。きれいなひとの顔は、とても悲しい顔だった。

「幸村…!幸村ぁ…!!」
「泣かないで…下され…それよりも、やつを…」
「駄目…駄目だよ…幸村いないと…」
「きれいなひと」

蘭丸はとても嬉しそうな顔できれいなひとに話しかけた。
きれいなひとは蘭丸を見ようともせず、ただうわ言のように、幸村…幸村…と言っている。
蘭丸の顔が不満げに歪んだ。何できれいなひとは僕じゃなくて赤いののことばっか見るの?

「きれいなひと、名前はなんていうの??」
「ゆき…むらあ…!」

どうやらきれいなひとは僕のことなんてどうでもいいみたい。
蘭丸はとてつもなく悲しくなった。ずきんずきんと胸が痛む。

「ねえ、きれいなひと、僕、蘭丸って言うんだ。覚えといてね。」

それだけ言って、蘭丸はその場から立ち去った。
涙が次々に溢れてくる。無防備な状態なのに、武田の者は襲ってこなかった。
きっと、孤児とでも勘違いしたのだろう。

戦の結果は織田の勝利。
幸村を討った蘭丸は、沢山の人に褒められた。だが、ちっとも嬉しくなかった。

きれいなひとは僕のことを見向きもしなかった。

僕はきれいなひとしか見てなかったのに。



きれいなひとはそれから戦場に現れなくなった。
風の噂によると、赤いのを追って死んだとか。
なら僕も死ねば、きれいなひとにまた会えるかな?
今度は名前、教えてくれるかな?
僕の名前、覚えててくれてるかな?




はあ…何が書きたかったのか。