この関係に名前を付けるとするならば




現在、伊達政宗は甲斐にやってきて、武田の者たちと交流している。
片目は眼帯をしており、独眼竜と言われている。ハンサムな伊達ボーイだ。
彼は現在未婚、恋人も居ない。恋に燃えてもいいんでないの?と言う年頃なのに
当人は戦馬鹿で、今のところ天下統一しか見えていない。

…はずだったのだが、甲斐にやってきて、どうも様子が可笑しい。
チラチラと何かを見たり、探したり、「殿、そろそろ身を固めては?」と冗談で家臣が
言ったら、顔を赤くして本気で怒ったり、様子が変なのだ。


武田。彼女は武田信玄の義理の娘で、美しいと名の高い女性だ。
可愛いと美人で部類したら、どちらにも属してしまうだろう。
彼女は現在未婚、恋人も居ない。他国大名から求婚を腐るほどされているが
どれもお断りしている。信玄は政略結婚などではなく、自ら愛した人と幸せになって欲しいからだ。

…だが、最近の様子が可笑しい。
きょろきょろと何かを見たり、探したり、ボーッとしていたり(これは今に始まったことではないが)
とにかく、可笑しいのだ。


「あ…っ!ま、政宗様。おはようございます。」
「お、おう。Goodmorning。」

が欠伸をかみ殺しつつ、朝の城を歩いていたら、政宗に遭遇した。
途端目を見開き、シャキンとして、朝の挨拶を述べつつ頭をペコリと下げる。
対する政宗も何処となくドギマギしながらも挨拶をする。

「…。」
「…。」

そして痛いほどの沈黙。
互いに目をきょろきょろとしたり、俯いたり、頭をかいたり。そんなことをしている。非常に気まずい。
やがてが、「で、では。」と言って足早に政宗の許から離れていった。
「お、おう。」と言いながら、の後姿を見守り、唇を噛み締める。なぜなら、
顔にしまりがなくなってしまって、今にもニヤけてしまいそうだからだ。

「はぁ…はぁ…挨拶、しちゃいました。」

は顔をだらしなく緩めながら、早歩きだった足を止める。
顔を手で覆い、先ほどの様子を思い返す。「今日は一日、いいこと起きそう。って、もう起きたか。」
なんて呟きつつ、あて先なくまた歩き出す。あ、別に政宗様のこと好きとかそういうのじゃないですが?

てくてく、と長い一直線の廊下をずっと歩き続ける。時々曲がって、曲がって曲がって、また直進。
それの繰り返しをしていた。但し、俯きながら。危険である。

「ひゃっ」
「だ、大丈夫でござるか?」

とうとう、誰かとぶつかった。この声に、口調、多分幸村だろう。
見上げれば、矢張り幸村が居た。顔を赤くして、目を泳がせている。

「す、すみません!前方不注意でした。」
「い、いやあ。気づかぬそれがしも悪かったでござるよ…。本当にすまんでござるっ。」
「そんなぁ、謝らないでください。私が悪いのに。」

そんな言い合がエンドレスに続きそうなそのときだった、先ほど出会った隻眼の彼が隣を
通り過ぎていった。その姿を見たとき、目が合ったが、すぐに反らされてしまった。
なんだか、嫌な光景を見られてしまった…。は激しく後悔をした。
もうちょっとよく前を見ていれば、また政宗様とお会いできた。もしかしたらお話が出来たかもしれない。

…って、別に私は政宗様のこと好きじゃないのに!なんでこんなこと考えてるのかしら!!


フラフラと行き先もなくただ廊下を歩いている政宗。もしかしたら、またと会えるかもしれないから。
って、別にのこと好きじゃないのに、なんでこんなこと考えてるんだ…?

暫く歩いていると、思いがけない光景が目に入った。
幸村の背中が見えたと思ったら彼の前でちらほら見える。少し困ったような笑顔を浮かべている。
何があったんだ…まさか、幸村の野郎が告白…?って、んなわけねえか。と、少し自嘲気味に笑う。
胸が、ズキンと痛んだ。もし、本当にそうだったら、もアイツの事が好きだったら?

―――関係ねえな。俺には関係ねえ。何で俺、こんなこと考えてるんだ?好きじゃねえのに…。
そんな事を考えていくうちに二人を通り過ぎていく。一瞬、と目が合った。

モヤモヤとした…たとえるなら毛玉のようなものが胸に入ってきたような気持ちになった。
なぜか、焦燥感もこみ上げてきた。何を焦る必要があるんだ?俺は関係ないだろ。
そう言い聞かせる。

そして、通り過ぎていく。彼らの隣を。
毛玉吐き出せぬまま、寧ろ膨張していくようにも思える。深く呼吸をしつつ、振り返る。

また見えた、幸村の背中。そして、もっと遠くにの背中。
少しだけの安心感。それでも消えない焦燥感。



「ご、ごめんなさい、もう行きます…!」

それだけ告げて幸村のもとを離れて小走りに進み始めた。後ろで幸村が名を呼ぶが、振り返らない。
別に、政宗様に見られても構わないじゃないですか。なのに、なんで、心が痛いのでしょう。

チクリと心臓に注射を打たれて、そして広がるジワリとしつつも鋭い痛み。
ドキンドキンと鼓動は早くなり、前に見えるものが総て滲んで見える。ぼんやりと、輪郭も見えず。
そこで初めて涙が流れているのだと気づいた。認識した瞬間頬を伝うしょっぱい液体。
唇に流れ着き、ペロリと舐めてみるとやっぱりしょっぱい。

「なんで…泣いてるんですか、。見っとも無いです…っ。」

好きじゃないのに、好きじゃないのに、…本当?本当に、好きじゃないの?
好きじゃないよ、好きじゃないってば! 半ば言い聞かせるように、自分の気持ちを否定した。


この関係に、名前を付けるなら、両想い一歩手前、なんだろう。