あと、10センチ




唇と、唇が触れ合う。所謂接吻。それが、好きな人とやるからこそ良いんだと言う。
政宗はほいほい好きな人が出来るタイプではなかった。
こんな時代だから、生か死、その瀬戸際の世界なので、色恋は全く経験していない。

「政宗様…?」
「Oh、どうした?」
「接吻…しませんか?なんて」

可愛らしくおねだりする。驚きに目を見開くが、やがてニヤと口許を吊り上げて
「OK」と抱き寄せた。柔らかい身体。そして、丁度自分の肋骨辺りに当たる二つの風船。
…気持ち良い。なんて素敵な状況なんだろう、と政宗はうすら微笑む。

「…、本当にいいのか?」
「ええ勿論。だって私、政宗様を愛しています。」

胸の中で顔を赤くして呟いたに、政宗は愛しさがこみ上げてくる。
は俺のことが好きだったんだ、…俺も、俺ものことを…

「ねぇ、政宗様ぁ…?」
「いくぜ、…?」
「はい。政宗様ぁ…。」

ちっちゃい「あ」を入れられて、政宗の理性は一気に揺らいだ。
だが、ここで自分を暴走させてはいけない。政宗はゴクリと生唾を飲み込んで、
じっと見詰め合う。赤くて、熟れた果実のようだ。かぶりつきたい。
その唇に、そっと唇を寄せる。
もう少し、もう少しで触れ合う…。


「政宗様ぁー?朝ですよ。」

ハッ!として起き上がり、朝日が差し込むのを見る。逆光でよく見えないが、だろう。
ということは、今のは夢…。そう認識した瞬間、一気に脱力した。
自分はなんていう夢を見ているんだ。そう思い、大分恥かしかった。それにしても、大分鮮やかな
夢だった。起きても尚覚えているなんて。色褪せぬあの唇。

「Oh…。朝、か。」

先ほどの夢の事はなるべく考えないようにして、のことをまじまじと見た。

の事は好きだ。でも、恋愛感情じゃないぞ?断じて違う。だが、に起こされるのは…)
そこまで考えて思考回路が一切遮断された。目の前が、でいっぱいになった。
ドクンドクンと激しく心臓が暴れだした。夢で見たのを鮮明に思い返す。

!?」
「あ、いえすみません。…まつ毛がついていましたもので。」

政宗の目の下についたまつ毛を、指で慎重に取り除く。
その間も政宗の心臓は慌しく動くのだった。こんな至近距離なら、心音が聞こえてしまうのではないか
とショート寸前の思考回路でぼんやりと考える。

「政宗様?」
「え、あ、おう?」
「とれました、長いですねー。羨ましい。」

とれたまつげを見せて、てへへ、と笑う。きゅん、と胸が締め付けられた。可愛い…。
の事は……いや、への気持ち、それは、判るようで判らない。
まるで雲のようだ。掴めると思っていたのに、いざ上空へ向かうと雲は水蒸気として
自分の周りにまとわりつく。掴めるようで掴めない、まさにそのような気持ちだった。

「きゃっ」
「!?」

突如、政宗にまつ毛を見せるのに夢中になって、屈んだまま前傾姿勢になってた
バランスを崩し、政宗を押し倒すような形でもたれかかってきた。
衝撃に、反射的に目を瞑っていた政宗はそっと目を開くと、目と鼻の先にの顔があった。
触ればぷるんと揺れそうなその唇。艶々と怪しく輝く薄い赤色。夢で見たのよりも鮮明だ。

見詰め合う二人。距離にすれば10センチ。ちょっと顔を近づければ唇は触れ合うだろう。
不意に、の心音が伝わってきた。ドキドキドキドキと政宗に負けないぐらい早い。

(…俺は、と口付けしても構わない。というか、したい。)
ようやく、雲を掴めそうになってきた。

(俺が口付けをすることによって、に拒否されないだろうか。)
拒否られてしまったら、立ち直れる気がしない。

そうこう考えているうちに、の顔が曇っていくのが見えた。

「すみません…どきますね。」

よいしょ、と可愛らしく姿勢を戻し、再びごめんなさい、と謝った。
政宗は、深く後悔した。もしかしたら、は期待してくれていたのかもしれない。
先ほど踏み出すことが出来たら、何か変わっていたのかもしれない。
独眼竜が…名前だけなのかよ。

。」
「あ、はい?」
「ちょっと、目ぇ瞑ってろ。」

こうですか、といわれたとおり目を瞑る。OKだ、と声をかけ、顔を近くへと持っていく。
再びあと、10センチ。今度は迷わない。もしかしたら、は接吻をしたがっていなかったの
かもしれない。それでも、目を瞑れと言われたら、なんとなく察すだろう。

あと、5センチ。のまつ毛は、長いとは思っていたが近くで見るともっと長く見える。

あと、3センチ。綺麗な肌だ。規則正しい生活を送っているのだろう。白く透き通った肌。

あと、1センチ。俺、お前の事好きなのかもしれない…。少なくともこの気持ちは、初めてなんだ。

そして、重なった唇。熟れた果実は、思ったとおり触れた瞬間柔らかかった。
触れるだけの口付け。すぐに顔を離しての顔を見る。
彼女は赤かった。そして、微笑んでいた。

「政宗様…。私、」
「HA,。そいつは俺に言わせてくれ。俺、のことがさ…」