無自覚という名の罪




「ベルクートさん!お疲れ様です!」
さんもお疲れ様です。お怪我はありませんか?」
「私は大丈夫ですよ。」

魔物を倒した後、剣にこびりついた魔物の血などを振り払っていると、さんが
俺のところへとやってきた。彼女の笑顔を見れば疲れさえもが癒される。
彼女の笑顔は凄いな、と感心する。

「あ、ベルクートさん嘘つかないでくださいよー」
「え?」
「ほっぺに擦り傷ありますよ、これ沁みますよねー、お風呂に入ると。」

苦笑いを浮かべながら、がさごそとポケットをあさるさん。
そういえば、先ほど魔物が頬をかすった気がする。そのときのか・・・。
細かいところまで気づく彼女に、再び感心した。

「あった。はい、これ絆創膏ですよ。これぐらいの傷なら紋章使わなくても大丈夫ですよね。」
「しかし、これぐらいの傷に・・・大丈夫ですよ。こんなのいつもの事ですから。」
「ダメですよ!跡残っちゃったら綺麗なお顔が台無しなんですから。はい、どーぞ。」

半ば押し付けられる形で絆創膏を受け取った俺は、意外と強引な彼女に苦笑した。
べり、と袋から絆創膏を取り出して頬に貼ろうとしたが、困ったことに何処に擦り傷があるのか
自分では判らない。どうするか・・・。
俺の貼るのを眺めていたさんが、気づいたのだろう。あっ、と声を漏らして俺から絆創膏を取った。

「判んないですよね、私が貼ります。」
「す、すみません・・・。」
「いいんです。これは私のお節介ですから!」

言いながら絆創膏を俺の頬に貼る。さんが背伸びをして、俺の顔へと近づいてくる。
頬に触れたさんの手の感触。なぜか俺の胸は高鳴った。もっと触れて欲しいとも感じた。

「はい、完了です!」
「ありがとうございます・・・。」

ぺこ、と頭を下げると、さんは照れたように笑い王子の許へとかけていった。
俺はその後姿を、残された手の感触を感じながら複雑な気持ちで見守った。

「ベルクートさん・・・」

その俺のところへ、マリノさんがやってきた。
サポートとしてやってきている彼女なのだが、その表情は少し沈んでいた。

「ベルクートさんって、ちゃんのことが好きなんですか・・・?」
「え・・・?」

突然の問いに、俺は不覚にも言いよどんでしまった。
彼女の問いかけは、勿論”恋愛”の方だろう。好きではない、といえなかった。
きっと――確かに彼女に惹かれている自分がいるから。だろう。
ただ、俺は一度も人を好きになったことはない。だから、好きと言う感情がどういうものかわからない。

「わかりま、せん・・・。」
「そう、ですか・・・。」

素直に、自分の心を告げると、マリノさんは俯いて、立ち去った。
俺は自分がわからない―――。
進み始めた王子に呼びかけられて、俺は歩き出した。
王子は仲良さそうにさんと並んで歩いている。それを見ると、胸が締め付けられる感じがした。



その日の夜、俺は協力攻撃でお世話になっているダイン殿の所へと押しかけた。
ダイン殿は迷惑がる様子もなく部屋へと招き入れてくれた。

「どうかしましたか?」
「はぁ・・・。こんなことを聞くのはどうかしてると思われるかもしれませんが、聞いてください。」

イスへと座った俺と向かい合って座ったダイン殿に話し始めた。

「私は・・・一度も人を好きになったことがないんです。ですから、好きという感じがわからない、というか。
 ――――好き、とはどういう感情なのでしょうか?」

ダイン殿には恋仲の人がいると聞いたことがある。
だから聞いてみたのだが、ダイン殿は考え込むように唸ったが、やがて俺に微笑みを向けた。

「好き、というのはその人のことを求めることです。いつだって隣に居て欲しい。と思うことです。
 抽象的なことしかいえませんが、多分そういうことだと思いますよ。」

穏やかな笑顔で語るダイン殿に、俺は頷いた。
求める事・・・。いつだって隣に居て欲しいと思うこと・・・。

「では、その人を見ていると苦しい。胸が締め付けられる。というのは何なのでしょう?」
「それは心がその人を求めているからです。」

なるほど―――。
確かに、なぜかいつも彼女のことを目で追うことがあった。近づきたいけど、近づけない。
いつも彼女の周りには王子や、カイル殿、沢山の男性が寄っていた。
そんなさんを自分だけのものにしたい、と思ったのは、心が彼女を求めていたからだろうか?

「ありがとうございます。大分謎が解けてきた気がします・・・。」
「いえ。なんだか柄にもないこといってしまってすみません。」
「凄く助かりました。とても感謝していますよ。」
「そういってもらえるとありがたいです。」

俺はダイン殿の部屋を出て、一目散に彼女の部屋を目指した。
今も俺の心は彼女を求めている――――。



「あら、ベルクートさん?どうしたんです?」
「ちょっと、言いたいことがありまして・・・。」
「そうですか、じゃあどうぞどうぞ。入ってください。」

ノックを何回かすると、さんが部屋から出てきて俺を笑顔で招き入れた。
彼女のにおいがするこの部屋、何処か安心感を覚えるこの空間。
流石女性の部屋と言った所か、綺麗に整頓されていて俺は感心した。

「散らかってますけど気にしないでくださいね」
「全然散らかってないですよ。私の部屋と比べたら月とすっぽんです。」
「ありがとうございます・・・。」

イスに腰掛けると、さんは「ちょっと待っててくださいね」というとティーセットを持ってきた。

「夜ですけど、お茶でもいかがです?」
「気をつかわせてしまったようで、申し訳ないです・・・。」

頭を下げると、全然ですよ〜。と笑った。さんからカップを受け取る。
香ってくる紅茶の匂いが鼻腔をくすぐり、俺は暫く匂いを堪能のする。

「それで、話ってなんですか?」

可愛らしく首を傾げて問いかけてくるさんを見て、俺の胸はまた激しくなり始めた。
無意識にやっている行為がこれほどまでに愛しいと思ったのは初めてだった。

「あの、ですね。」

きっとこの気持ちを言えば、今までどおり戦闘が終わった後俺の所へと駆けてくることはなくなる。
それでも俺は、今までを犠牲にしてでも気持ちを伝えたかった。
やっと気づいた初めての気持ちを、なぜか伝えたかったんだ。

「俺はどうやら、あなたのことを好きみたいです。」
「へ?」
「あ、いやその。初めてこんな気持ち抱いたんで、なんていえばわからないんですけど・・・。
 心があなたを求めていまして、俺はあなたを好きみたいで・・・。」

極度の緊張から、順を追って言おうと思っていた言葉をごちゃごちゃに羅列してしまった。
もうダメだ―――。何処かへ消え去りたい。さんは不思議そうな顔をしていた。
だが、俺の意味不明な言葉を理解したらしく、顔を赤らめた。

「そう、だったんですか?」
「そうらしいです。」
「何故何故他人事なんですか?」
「恥かしいからです。」

俯いてさんの問いかけに答えると、さんは立ち上がって俺の肩に手を置いた。
顔を上げれば、さんが天真爛漫な笑顔を浮かべて俺を見ていた。

「実は、私もベルクートさんのことを好きでした。」
「えっ!?」

さんの言葉に、思わず声をあげてしまった。さんは置いていた手を戻し、座った。

「私はずーっと前からベルクートさんが好きでした。」
「で、ですがさんは王子と仲がいいですよね・・・?」
「仲がいいだけですよ。私好きでもない人に戦闘後駆けつけたりしません。」
「は、はぁ・・・。」

なんとなく実感はない。だが目の前の女性は確かに俺のことを好きだといった。
急激に体温が上昇し、顔が火照り始めた。つ、つまりは・・・?

「俺たち・・・」
「たった今から恋人同士ですね!」

嬉しそうに、でも照れ笑いを浮かべてさんは言った。
そんな彼女がとてつもなく愛しくて、これが”好き”なんだな、と思った。
俺は衝動に身を任せて、腰を浮かせた。

「失礼します。」

さんの顔に近づく。

徐々に近づくさんの顔。目と目が合い、一瞬やめようかと思った。
だが今更引くのも気まずいので、そのまま彼女の頬へと・・・初めてのキスをした。
――――やってから、酷く恥かしくなった。何をやっているんだ俺は・・・!
慌てて座り、すみません。と謝った。顔が真っ赤で、とてもじゃないが人に見せられる状態ではない。

「もっ!」

も?不思議な言葉に、俺はチラとさんの顔を見る。
さんは俺に負けないくらい赤くて、俺を見つめるその瞳は少し潤んでいた。

「もう一回、してください・・・!」
「え、ええ!?」
「ですから、もう一回だけお願いしますっっ」
「お、俺でよければ」

焦りから一人称が私から俺になってしまったが、そんなことは気にしていられない。
顔を真っ赤にして俺にお願いするさんは、とても可愛らしく、どんなお願いでも
きいてあげられるような気がした。俺はもう一度腰を浮かせて、さんの頬に口付けした。

「ありがとうございます・・・。大好きです、ベルクートさん。」
「俺もです。さん。」
「私のことはでいいのですよ?」
「じゃあ俺のこともベルクートと呼んでください。」
「はい・・・。ベルクート。」
「ありがとうございます、。」