思いは、届かないと知っていた (あなたは冗談だと思ってるんだろうけど、私は本気よ?)いつでも言いたくて喉の奥でぐずついてて、でも言えなくてもどかしい言葉。恵は、自分はこんなに意気地なしだったか、といつも不思議に思う。初めてあったときは、単純にその整いすぎている容姿に惹かれた。だが、共に過ごしていくうちに、隠れた、不器用ながらの優しさ。すべてに恋をした。常日頃、彼にくっついたり、ボディタッチをしたりしていた。だが彼は冗談としかとってくれなくて、いつもいつもからまわり。(ねえ。あなたはいつ気づいてくれるの?私は、あなたに本気で恋してるの。あなた以外見れないのよ?) ふと見かけた、いとしいすがた。つやつやとした黒髪が一つに結われて、彼が歩くたびにゆらゆらと揺れる。男にしては狭い肩幅(近くで見るとそうでもないのよ)、高い背、恵の胸がぎゅう、と締め付けられる。(この胸の痛みは、あなたに恋している証。) 「。」 彼の名前を呼ぶ。やはり先を歩く男の正体はで、彼はゆっくりと振り返り、作られたような美しい微笑を浮かべた。(あなたの笑顔はいつでも作り物。そして、悲しさを帯びてるのね。ほら、美しさの中に寂しさが見える。) 「恵殿」 (ねえ、薫さんのことは呼び捨てなのに、どうして?)名前を呼ばれるたびにもどかしくて、もやもやとした塊が胸にたまる。なんだか遠く感じて、なんだか切ない。やだわ、と軽くの肩をはたく。 「恵って呼んでくださいよ。」 「…なぜ?」 「その方が親しい感じがしないかしら?」 恵がそういうと、は目を細めて微かに笑った。その笑顔は先ほどの機械的な微笑みではなく、本当に自然な笑顔。そんなナチュラルな表情を見れば恵は、なんだか嬉しくなった。(普段見せない表情。これはもしかして、私だけが見た表情かしら?) 「…前に薫にも同じ事を言われた。」 「え…。」 不意に出てきた薫の名前に、恵の表情はわかり易くも曇ってしまった。彼を自然な笑顔にしたのは、薫のせい?服の裾をぎゅっと掴み、泣きたくなるのを必死に堪える。(、、、、)今すぐこの場を逃げ出して、泣きはらしたい気分だった。 「そう…ですか。」 やっと言葉を紡ぐ。(ああ、泣きそう。) 「それじゃあ、仕事があるのでこれで。」 「ああ…」 恵はくるりと方向転換をし、何処へ行くわけでもなく走り出した。仕事があるなんて、嘘。ただ一刻も早くから離れたかっただけ。このままじゃ泣いてしまう。悲しくて、切なくて、苦しくて、辛くて、涙が止まらなくなってしまう。 「恵」 突然、名前で呼ばれてた。不覚にも恵の心臓は一層強く脈打った。その痛みは、切なさを感じる痛み。走り出した足は魔法にかかったかのようにぴたっと動くのをやめ、目からはなぜか涙が出て、頬を伝った。単純に嬉しかった。そして、苦しかった。 「仕事、頑張って」 の言葉は、言葉で言い表せないほど嬉しかった。すぐ振り向いて、ありがとうございます。とか、言いたかったけど、生憎いまは、涙でぐしゃぐしゃなので、こんな顔は見せられない。恵は振り返らずに、ちょっぴりのほうを向き頭を下げ、角を勢いよく曲がった。もうどころか人の姿すら見えなくなった。塀に寄りかかり、声を出して泣きじゃくった。 思いは、届かないと知っていた。 だけど溢れる涙は何?わきあげる感情は何? 思いは、届かないと知っていたのに…。 愚かな私はあなたに恋している。 |