さよならは言わないで、二人別の道を歩んでいく。




夜になり静かになった太陽宮に、ノック音が響き渡った。
月明かりがを照らし、少し顔色が悪く見える。その顔には悲しみが宿っていた。

、ですか?」

中から小さな声。はああ、と返事をし、扉が開くのを待つ。
暫くすると扉が小さく開き、入るようにと手招きされる。は物音を立てずに入り込むと
扉は閉まった。

「どうかしましたか?」

同様月明かりに照らされている、アルシュタートが小首を傾げて尋ねる。
だが、心なしか笑顔が曇っている。

「・・・話があるんだ」

暫くしてが口を開いた。アルシュタートは黙って頷き、ソファへ案内した。
隣同士身体を寄せ合って座ると、暫くこの部屋を沈黙が支配した。
気まずい雰囲気の中、が顔を上げる。

「アル・・・」
「はい・・・・」
「俺は、アルを愛している。」

まっすぐな瞳で、ストレートに言うに、アルシュタートはうっすら微笑み顔を赤らめた。
それでも、の顔は晴れない。そのままの表情でが言葉を続ける。

「これまでも、そしてこれからも、だ。」
「わらわもを愛しておる。誰よりも・・・」

ここでやっとの表情が緩んだ。アルシュタートも表情を緩ませる。
それまでの気まずい雰囲気が少しだけ和らぐ。
だが、一瞬にして彼の表情は翳る。気まずそうに視線を下げて、重いため息を一つ。

「アル、別れよう」
「な・・・っ!?どういうことです・・・?」

突然の言葉に、アルシュタートは目を見開いてを見つめている。
頭の中で、の言葉が何度も反響する。自然と伝う涙。
そんなアルシュタートを一瞥するが、なかなか言葉が出てこない。ここにきて、躊躇うとは。
は自分を叱咤するが、なかなか声が出てこないのだ。彼女の涙に罪悪感を感じる。

「・・・なんとか・・・っ!いってください!」
「ごめん・・・」

涙を無造作にふき取りながら叫ぶアルシュタートに、はただ静かに謝る。
ふき取っても流れ続ける涙。とうとう嗚咽を漏らしだす。

「なっ・・・ぜ、ですかぁ!?」
「君は――――いずれファレナの女王となる女だ。」

アルシュタートの顔は見ずに、静かに言う。それでもアルシュタートは食い下がる。

「だからなんです!?わらわは・・・っ何処の誰かもわからぬ人なんかより、と・・・っ」
「・・・駄目だ。しきたりというものがあるだろう?君は闘神祭で優勝したものと結婚するんだ。」
「それでも・・・わらわは!」

の横顔に必死に訴えるが、は答えない。
つらそうな横顔にアルシュタートの胸は締め付けられた。今にも泣き出しそうな顔。
の服の裾をつかみ、声を押し殺して涙を流した。

「・・・とうは・・・」
「・・・?」
「本当は、俺だって別れたくない!いつまでも一緒にいたい!!
 だけど・・・今の俺じゃ力不足なんだ。ただの一介の女王騎士なんだ。君を護れないんだ・・・。」
・・・」

本当に悔しそうな顔で涙を静かに流す。歯を食いしばり、目をぎゅっとつぶる。

――自分の弱さが本当に悔しかった。どれだけ頑張っても女王騎士で、それ以上でも以下でもない
存在。それが悔しかった。もっと強くありたい。と、どれだけ強く思っても、叶わなかった。――

強引に抱き寄せて、露になっている白い額にキスをする。
さらっとしている銀髪が、涙に濡れた瞳同様に揺れた。

・・・もし―――もしですよ?」

アルシュタートの言葉を聴いて、は何か吹っ切れたように大声出して泣き出した。
顔を彼女の胸にうずめ、いつまでも泣きつづけた。

――君は強い。何故そんなに強いんだ?――

彼女もまた、の背中を撫でながら泣いた。

――きっと、別れを告げるのに相当苦悩したはず・・・。わらわは愛されているんですね。――

それぞれの思いを噛み締めて、夜は明けていった。



ふと顔を上げると、アルシュタートの寝顔が見えた。頬に涙の後が残っている。
どうやら泣き疲れていつの間にか寝ていたらしく、の頬にも涙の後が残っていた。
手を這わせると、かぺかぺとしている。

「あ・・・ら??おはようございます。」

いつの間にか起きていたアルシュタートが微笑を浮かべていた。
もおはよう。と返し、身体を起こした。

「アル・・・。すまないな。今日で君との関係は終止符を打ったのに一晩中居座ってしまって。」
「そんなことありません。心でつながっています――。いつでも、どこにいても。」

自分から別れを告げたにも関わらず一晩中部屋にいた自分を恥じた。
だが、それを優しく受け止める彼女。それに、心でつながっているとまでいってくれた。
何処までも強い彼女に、は自分が情けなくなった。

「ありがとう―――。じゃあ、もう行くよ。」
「はい・・・。」
「それじゃあ、”またな”。」
「はい、”また会いましょう”」

扉を出たの後姿を姿が見えなくなるまでずっと眺める。
見えなくなるとその場に座り込み、顔を覆い声を押し殺して泣く。

――これで本当にお別れ。きっと彼はここには留まらないでしょう。
でも、いつか戻ってくるって信じているから・・・。その日までの辛抱です。――


部屋を出たは、昨夜のアルシュタートの言葉を思い出していた。

・・・もし―――もしですよ?」
「うん・・・?」
「もしわらわが別の人と結婚しても、わらわはしか想いません。
 もしがわらわでない誰かと結婚してもわらわはいつまでものことを愛しています。」

酷く穏やかな表情でアルシュタートが言った言葉に、の心は打たれた。
いつまでも愛している―――その言葉に救われた気がした。

「俺も、いつまでも愛している―――」

あの時は言葉より先に涙が溢れてしまったためいえなかった言葉を呟く。
――もしかしたら二度と手が絡むことはないかもしれない。キスをすることが出来ないかもしれない。
それでも俺は、いつまでも君を愛しているから。必ず、いつの日か君を迎えに来るから――

さよならは言わないで、二人別の道を歩んでいく。
の顔も、アルシュタートの顔も、真っ直ぐで前向きな表情だった。