サヨナラバス





時期女王のアルシュタートと俺、は幼馴染だった。
そして、幼馴染であると同時に誰にも内緒で恋人同士だった。
もう何年も付き合っている。勿論、結婚をしたいとも考えている。

しかし現実は甘くなく、アルシュタートは闘神祭で優勝したものと結婚することになっている。
古くからのしきたりで、破ることは出来ない。じゃあ、も闘神祭にでればいいだろう
と思うだろうが、あいにく剣の腕は並より少し上ぐらいで、とてもじゃないが優勝は出来ない。

そんなに、アルシュタートは「気にしないでください」と優しく言うのだが、
慰めの言葉を聴くたびに悔しい思いだけがこみ上げてきた。

アルシュタートと、将来もともにいたい。と望んでやまないのに。

それからは、いつからか素直になれなくなっていた。
大事なこと、言いたいこと、沢山あったが、大切に想うほど言えなくなっていった。
それでもを、アルシュタートは最後までに優しかった。

もう、そんなこんなでもうすぐで闘神祭が始まる。
サヨナラの時は刻々と近づいていた。もう二度と、プライベートでは会えないだろう。
会ったらきっと、愛しくて愛しくて、言葉に出来なかった分抱きしめてしまうだろう。
だから会えない。二人の関係は、二人だけしか知っていてはいけないのだ。

「アルシュタート・・・」

そっと呟いても、誰も居ないこの空間では何の反応もない。
そうだ、アルシュタートに会いに行こう。最初で最後、彼女の恋人として顔をあわせるんだ。
決心を胸に、は立ち上がった。



コツ、コツ、と大理石の床を歩く。歩くたびに鳴る靴音は、遠くから聞こえてくる観戦者の
ざわめきにの心臓はドキドキと高鳴った。
もうすぐでアルシュタートと会えるだろう。会ったら、何を言おう?
今までいえなかったことを存分に言えばいい。もうすぐで終わる恋だ。周りに誰が居ても構わない。

ふっと顔を上げる。逆光で影しか見えないが、確実に人が居た。
その姿は何処かアルシュタートに似ていて、の胸は一層高鳴った。
顔が見えない、彼女は誰だ?足を進めつつもじっと目を凝らす。



この声、確かに捜し求めた彼女のものだった。
澄んだソプラノ、落ち着いた雰囲気を醸し出している彼女特有のもの。
まだ幼さも残るその声は、昔からずっと変わっていない。
俺は、と言えば声変わりをして大分低くなったけど――――。

「アル・・・。」

声変わりをした当初は、アルシュタートに何度も「変です」といわれたが、今では慣れて、
寧ろこっちの方がいい、と言っているほどだった。
その声で、彼女を呼ぶ。長いこと声を出していなかったのでしわがれた感じになっていたが。

「こんにちは。」

不意に見えた彼女の顔。悲しみを含んだその顔は、今にも泣き出しそうな顔で
は言葉が詰まった。この顔は、本当に悲しいときの顔――――

「お元気でしたか?」

この所随分と彼女を避けてきた。別れが怖くて、かといって寂しい、と素直になれず
ずっと会うのをこらえていた。会えば今以上に別れがつらくなるかもしれない、という思いもあった。

「わたくしはがいなくて、とても悲しかったんですよ?」

何故別れを惜しむような言葉を言うんだ?

「ずっと、ずっと一緒にいたかった・・・」

震える声。俺は何も言えずに、その場に立ち尽くしていた。
こんなときも言葉が出てこない。素直になれない自分を心底恨んだ。
俺だって一緒にいたかった!と叫べればどれだけラクになるだろう。

「でもそれも、もう無理な話なのですね・・・。」

俯いた彼女から、キランと光る一粒が零れ落ちた。
その一粒の名は涙、だろう。
もいつの間にか目じりに溢れて零れそうになった雫を慌てて拭った。
すると、アルシュタートの背後から、彼女を呼ぶ声が聞こえてくる。
もうすぐ闘神祭が始まるのだろう。振り向き、もう一度向き直ったアルシュタートが俺を
なんともいえない表情で見ている。今こそ勇気を振り絞るときではないのか?

「今まで・・・」

絞り出した声。

「ありがとうな。ずっと、お前の幸せを願っているよ。さよなら、だ。元気でな。」

最後に、精一杯の笑顔で綺麗な嘘をついた。
俺の言葉を聴いたアルシュタートは、こくんと頷いているべき場所へと戻り始めた。
アルシュタートは最後に一度振り向き、笑顔を浮かべた。

素直になることは最後まで無理だった。でも、好きだ。お前のことずっと好きだ。
声にならない心の声を、必死に叫ぶ。

(お前の幸せなんて祈ってない!とっとと離婚して、俺のところへこい!)
楽しかった思い出が次々と蘇ってくる。

(今まで照れていえなかったけど、お前のこと愛してた!最後まで素直になれなくてごめん!)
少しずつ小さくなっていく背中に、精一杯叫ぶよ。

(ずっと待ってるから!ずっと好きでいるから!じいさんになっても、ずっとずっと!)
きっと伝わらないだろうけど、それでも溢れる涙とともに叫ぶ。

(だから、お前もずっと俺のことだけ好きでいろ!ばあさんになっても、ずっとだ!)
また笑いながら話し合える時を、今か今かと心待ちにしているから。

素直になれない男と、決められた運命をたどる女。
二人の男女は、それぞれ違う道を辿りだした。