精一杯のありがとう
織田軍の捕虜となって早一月。何不自由ない生活を送っています。
下手に私に何かをして、武田を煽ってはいけないからだと思います。
…お義父様、は元気です。心配あらず。
織田軍には、森蘭丸と言う男の子が居て、最初はとても警戒されていましたけど
今では笑いかけてくれたり、話しかけたりしてくれています。
縁側でぼうっとしていたら、蘭丸君が手を振ってきました。
「様〜、こんにちは。」
「蘭丸君っ、こんにちは。お元気ですか?」
「はいっ!あの…なんか不自由あったりしますか?あったら何でも言ってくださいね?」
「ありがとうございます。」
蘭丸君はとても気のつく男の子だ。だから、信長殿に一目置かれているのでしょう。
笑顔は明るくて、太陽みたいで、何の曇りもないです。その点では、幸村様に似ています。
「蘭丸君、蘭丸君、お忙しいですか?」
「え?いいえ、丁度訓練も終わったんで全然暇です!」
「本当ですか?では少しだけお話しませんか?」
「えっ、本当ですか!?はいっ、喜んで!」
若干顔を赤くして何度も蘭丸君が頷かれました。
蘭丸君はよいしょ、と隣に腰をかけ、えへへ。と微笑みました。
「初めてですね、こうやって話すの。」
「そうですね!な、なんだかきんちょうしちゃってうまく話せません…。」
「ふふっ、蘭丸君は可愛いですね。」
「なっ、可愛くなんてありませんっ!からかわないでください…」
「からかってなんていませんわ。」
敵軍の男の子ですけど、本当に可愛いし、からかいがいがあるのです(酷いですかね?)
顔を真っ赤にして照れてる蘭丸君を見て、私はうっすら微笑みました。
「蘭丸君は、信長殿を尊敬していますか?」
「はいっ!蘭丸は…信長様に褒めてもらうために頑張ってるんです。」
「偉いですね。」
「そんなことないです…あ、様、一つお願いしてもいいですか?」
「なんですか?」
蘭丸君がお願いなんて珍しいです。なんでしょうか、私は蘭丸君の次の言葉を待ちます。
「僕が、戦績を上げたら褒めてくれますか?」
照れ笑いを浮かべて、言われました。蘭丸君は、本当に可愛らしい。
私はふふっ、と笑い答えました。
「そうですね。うん、と褒めてあげます。…ただし、武田との戦以外で、です。」
「…わかってます!信長様、言ってました。信玄殿とは出来れば剣を交えたくない、と。」
「まあ、本当ですか?ふふっ、嬉しいですわ。」
「信長様はきっと、様の悲しむ顔がみたくないんだと思います。…あ、ちょっとまっててください…!
様、少しここで待っていただいてもいいですか?」
「判りました。いってらっしゃいませ。」
蘭丸君が手を振りながら去っていきました。私も振りかえし、姿が見えなくなると
振るのをやめました。
時々、私は不安に思います。
私に向けられる優しさが、偽りなんじゃないかって。
…いえ、普通ならそれが、普通なのでしょう。敵軍の、姫なのです。
誰と婚約するわけでもありませんし。優しさが偽りでも、当たり前なのかもしれません。
もしかしたら、信長殿は蘭丸を私を婚約させようと仕向けている?
だとしたら、蘭丸君の照れ笑いだったり、笑顔だったり、言葉だったりは総て
偽りになってしまうんでしょうか?
もしかしたら、武田の事をしゃべらそうとしているのかもしれない。
もしかしたらを考えたら、何も信じられなくなっていく気がします。
蘭丸君のあの純粋な笑顔が偽りだとしたら、濃姫様の優しいお言葉が偽りだとしたら
敵軍の姫を捕虜として受け入れてくれた信長様の優しさが偽りだとしたら…。
怖かった。総てが偽りとして私の中で崩れ去っていくのが。
そんなことないって、無理矢理私に言い聞かせますが、涙が出てきました。
助けてください幸村様、佐助様、お義父様…。は、孤独で死んでしまいそうです。
ごしごし擦っても、涙は止まらず、溢れて、ポタポタと地面にしみを作りました。
「…、様?」
「あっ、…らんまる…くんっ」
「!?どうしたのですか?誰かに、何かされたのですか?様?」
ぼやけた視界から見える蘭丸君は、とても困った顔をしていました。
おろおろと周りを見回して、私を見て、おずおずと手を伸ばしてきました。
「大丈夫です…泣かないでください。僕が、ついてます。」
蘭丸君の手が、私の涙を拭い、微笑まれました。
私は何度も頷き、必死に涙を拭い、涙が止まるのを待ちます。
そこに、蘭丸君が顔を近づけてきました。
「っ!?」
「僕は様の味方ですから…」
蘭丸君の唇が、私の唇に重なって、離れました。所謂、接吻というやつです。
私の顔が赤くなったと思ったら、蘭丸君の顔も真っ赤になりました。
「…その言葉、信じていいですか?」
「はい、だって僕様が。…いえ、なんでもありません。」
「蘭丸君が居てくれて、本当に嬉しいです。…心からお礼を申し上げます。」
今度は私から、蘭丸君のほっぺに接吻をしました。
蘭丸君は接吻された頬をぴたっとさわり、俯きました。
「様…好き、です。」
「はい、私もです。」
何故捕虜になったとか、そういう経緯は何も考えてませんが?(笑)