ちっぽけな存在




今宵は月が綺麗です。
まん丸なお月様が夜空に浮かんで、それを彩るように星たちが煌いています。
きっと、月はお義父様。そして星たちは兵たち。一番星はきっと幸村様でしょうね。
…皆元気でしょうか。私がいなくても、さほど変わらないでしょうが、心配です。

幸村様、炎天下の中訓練のし過ぎで倒れたりしてないでしょうか。
無理しないでください、っていってるのにいっつも無茶するんですもん。
なんか、帰りたいです。皆の所に。このままお月様から誰かやってきて、私を攫ってくれればいいのに。
佐助様とか、忍だから適役ですね。でも、私なんていてもいなくても関係ないから連れ戻す意味も
ないですね。

「寂しいです…。」

そう呟いたときには、涙がポロポロとこぼれてきました。
ゴシゴシ擦っても止まってくれなくて、仕舞いには声までもらして泣いてしまいました。

お義父様、幸村様、佐助様――――誰か私を助けてください。
苦しくて、切なくて、寂しくて、死んでしまいそうです。ウサギは寂しいと死んでしまうらしいですね。
ウサギほど愛らしくありませんが、私も死んでしまいそうですよ。

「…様?」

後ろから声がかかり、ビクッと身体が震えました。
この屋敷の主…蘭丸君です。私よりも若い少年ですが、屋敷を一つもっているんですよ。
それに、戦績もよいらしく、「魔王の子」って呼ばれているんです。

「あ、蘭丸君…。どうしたんですか?」

あだ名とは裏腹に、とても親切な蘭丸君。最初は露骨に警戒してましたけど
徐々にそれも緩和していき、今では信長様や濃姫様に向けられるような笑顔で接してくださいます。

「喉が渇いたから起きたら様がいて。どうしたのかなって?」
「ああ…。なんでもないですよ。気にするに値しません。」
「…嘘だ。様、泣いてる。なんでもないわけないよ。」
「な、泣いてなんてないですよっ!」

ゴシゴシと目尻を擦り、涙をふき取ると、蘭丸君が険しい顔でツカツカとやってきました。
怒られるかも…?

「あの、様は勘違いしてる!」
「…と、いいますと?」
「僕を子供だと思ってるでしょ?僕、子供じゃないよ!だから、なんかあったら言ってよ?」

ムッとした表情で私の隣で言いました。――確かに。蘭丸君のことを何処か子供と見ているところが
あったかもしれません。それでも、隣に居るこの少年の心は立派。ごめんなさい蘭丸君。

「…そうですね。ごめんなさい蘭丸君。」
「それで、どうかしたの??様が悲しいと、僕まで悲しくなっちゃうよ」

そう言って悲しげに笑う彼に、私の心臓が一層強く脈打ちました。
こんな表情もするんだ、なんて驚いたり、よくわからない感情が湧き出たり。

「うーん、ちょっと武田が恋しくなって。」
「なるほど…。僕には様の気持ち、想像でしかわからないけどさ。」

蘭丸君が途中で言葉を切り、私のことをぎゅーって抱きしめました。
顔の割りに引き締まってる上半身に、私の胸は不覚にもドキドキしました。
突然の事にあたふたとしていると、もっとぎゅっとされた。

「もしも様が寂しいときは、僕が傍に居るから!いつでも頼って!」
「ふふっ、頼もしいです。」

私よりも少し背の高い蘭丸君。男の子ってやっぱり凄いです。
私の胸に、蘭丸君の鼓動が響きました。ドクドク、と確かに脈打つそれは、ここにいるよ!と
存在を主張しているようでした。私と蘭丸君の鼓動は同じくらい早くて、彼もまた緊張しているんだ。
と思うと、なぜか微笑みが零れるのでした。

様、心臓すげー早いね。」
「蘭丸君もですよ。同じくらい…ですかね。」

ふふっ、と笑うと、蘭丸君も笑い、一頻り笑い終えた二人はどちらともなく離れて
微笑みあう。蘭丸君って、誰にでもこんなことするのかな?それとも、私だけ特別?

「僕さ」
「はい。」
「こんなこと考えるの初めてなんだけどさ、様のこと、護りたいって思うんだ。
 きっと、様の中で僕はちっぽけな存在なんだろうけど、それでも様のことを護りたいって
 思うのは駄目かなぁ?」

蘭丸君は照れたように顔を赤くして真剣に言われました。
私を…護りたい。初めて言われたかもしれません。
お義父様には拾ってもらい、生きてる意味を貰いました。
幸村様はいつでも「姫の笑顔のためでござる!」といつも私によくしてくれます。
佐助様は会うたび今日も可愛いねー。姫っ!とお世辞を言ってくれます。
護りたいとは、初めて言われたのかもしれません。

「私を…護ってくださるのですか?」

問いかけると、蘭丸君は力強く頷き拳を握る。

「どんなやつからも、この蘭丸!命をかけて守り抜くよ!…相手が信長様だとちとキツいけどさ。」

命をかけて守り抜く…。果たして、私なんかに命をかけていいのでしょうか。
とても勿体無い気がします。チクリ、胸が痛みます。

「駄目です、私のために命をかけては駄目です。傍に居てくれることが…幸福なんですから。」
様はいつでも自分の命を軽く見てる。様の命は…世界よりも重いんだから。」
「世界よりも…重い?」
「そうだよ。様の存在は、ちっぽけな存在なんかじゃない。何よりも重い、命。」

何よりも重い…命。
私の命は、誰よりも軽いと言うか、そんな感じのものだと思っていました。
何のとりえもない、女。こんなの、生きる意味ないんじゃないか。っていつも思ってました。
それでも、彼は私のことを誰よりも重いって言ってくれました。
本心でなくても、この言葉は私の心に深く突き刺さりました。そして、どんどんと心が
彼へと持っていかれるのがわかりました。確実に私は彼に惹かれています。どうしましょう。
ドキドキ、ドキドキと心臓が早鐘を打ち、顔は見る見るうちに赤くなっていきます。

「ところで様」
「はっ、はい!」
「僕は様が誰よりも好きなんだけど、様はどーう?」
「わた、私も好きです!蘭丸君には…何処まででもついていきます。」
「本当!?…じゃあ、よろしくね。」

差し出された手を、躊躇いながらもとり、握手をした。ごつごつした蘭丸君のてのひらに
私の小さな手は握られて、彼の温もりが伝わってきて、私は思わず微笑みを浮かべるのでした。