あなたに願うたったひとつのこと




幸村様は…勘違いなさっている。
私は佐助様のことをなんとも思っていないのに、幸村様のことだけを愛しているのに…。
なんですれ違ってしまったのかしら―――。自然と涙が溢れてきました。
ですが、それを拭っては幸村様に気づかれてしまうので、私は拭わずに言った。

「……判りました。では、また明日。伺いますゆえ。」

すっと立ち上がり、私はその場を立ち去りました。
今夜は眠れなそうです。私は夜空でも眺めようと訓練所へ向かいました。
訓練所の近くにある廊下に腰掛けて、ぶらぶら足を揺らして夜空を眺めます。

「綺麗です…。」

夜空は大きくて、吸い込まれてしまいそうな空です。真っ黒な天幕に散りばめられた星々
は儚く輝き、今にも消えてしまいそうな光を懸命に放っています。
星は、どんなに辛いことがあっても輝き続けてます。凄いです…。
”甲斐の女神”と謳われている私ですが(恥かしい名前です…。)星たちのようにいつも輝くことは
できないみたいです。

「わお、こんな夜更けにどうしたの?ひーめっ」

背後から突然声がかかりました。誰かと思えば、佐助様です。
何故佐助様との仲を疑うのでしょうか。やましいことなんてないのに…。

「佐助様…少し、お話をしませんか?」
「姫からお誘いを受けるなんて光栄だなー。いいですよ!」

嬉々として私の隣に腰掛けてくださりました。

「で、旦那とどーだったんですか?」
「はぁ…それがですね。」

先刻あったこと、幸村様を好きなこと、佐助様に洗いざらい話すと、佐助様は顔をしかめられました。
「そんなことが…。」佐助様は顔を手で覆いました。「俺のせいだよね、ごめん。」

「そんなことありません。すべて幸村様が勘違いなさっているのですから。」
「いや、多分俺と姫が手を繋いでるのを見たからだと思う。」
「え…?なんでですか、手ぐらい別に繋いでもいいのでは?」
「…旦那は純粋なんだよ。」
「はぁ…。」

よくわかりませんが、手を繋いでいたのが駄目なようです。
でも、繋いでしまったものは仕方ありませんし、どうすればいいでしょうか…。

「姫」
「はい?」
「俺が誤解を解いてきます。」
「それなら私も…」
「いや姫が一緒だと逆に怪しまれます。」
「あ…そうですね。」

ではお願いします。と一礼して説得に向かわれた佐助様の後姿を見送りました。
うまくいくといいですけど…。祈るように手を組み、目を瞑ります。

「頑張ってください、佐助様…。」





「旦那ー旦那ー。」

こんな夜更けに誰だ、と一瞬思ったが、この声は佐助しか居ない。
幸村は「入ってよいぞ。」と招き入れた。

「旦那、俺と姫は何の関係もないですよ。」
「…その話か。もういいのだ。」
「駄目です。本当に何もありません。姫は…姫は旦那の事を慕っている。」

佐助の言葉に、我が耳を疑った。姫がそれがしを慕っている…?
本当だったら万歳三唱だ。幸村は慎重に佐助に問いかける。

「本当なのか、それは?」
「ああ。…姫は恥かしくて言えなかったそうで。旦那、これでもまだもういいなんて言うんですか?」
「それがしは…」

それがしは、本当に駄目な男だ。
姫の事なんて何一つ気遣うことが出来ず、しかも姫の照れ屋の性格を重々承知しているのにも拘らず
それに気づくことが出来なかった。本当に、駄目な男だ。
そんなそれがしは、姫には不釣り合いに違いない。それでも、殿がそれがしをお慕いしているのなら…

「それがしは、姫を迎えに行く。何処にいるか存じているか?」
「途中まで案内しますよ、旦那。」
「うむ、かたじけない。」




「幸村様…。」
あなたに願うたったひとつのことがあります。

「幸村様…。」
どうか私の気持ちを受け止めてください。
不束者です、なかなか気持ちも伝えられない不器用な者です、そんなにございます。

「幸村様…。」
それでも、私は幸村様を愛しています。
この気持ちは揺るぎないです。誰よりも愛している自信がございます。

「幸村様…。」
「はいでござる」
「!?ゆゆゆ幸村様!?」
「はいでござる!」

優しく微笑んだ幸村様が、私の隣に腰掛けてくださりました。先ほど佐助様が座られた所です。
どうやら佐助様の説得は成功したらしいです。ここからは私の勝負です…。
自分の気持ちを、自分の口から伝えなくてはいけません。

「幸村様、もしかしたらもう佐助様から聞いたかもしれませんが、私の口から言わせてください。」
「わかったでござる。」

暗くてよく判らないけど、微かに顔が赤らんだのが見えました。
やっぱり、言ったんですね佐助様…。まあ、いいですけど。

「先ほどは言いよどんでしまいまことに申し訳ありません。私は、幸村様を好いております。
 誰よりもです。佐助様とは何の関係もございません。ですから…!?」
「待ってくだされ姫。その次の言葉はそれがしに言わせてくだされ。」

私の口をふさいで、にっと微笑まれました。佐助様同様大きなてのひら。
武将なだけあって、手はごつごつとしています。私は思わず赤面して、頷くこともできないため
目をパチパチさせました。

「それがし、姫…いや、殿を愛してるでござる。諦めようと思ったこともあったが、
 消せなかったでござるよ。殿の笑顔が。それがしと、恋仲になってほしいでござる。」

返事しようにも、幸村様のてのひらが邪魔して答えられません…っ!
私はジェスチャーでてのひらをどかすようにして、てのひらをどかしてから、一呼吸置いて返事をしました。

「はい、こんな私でよければ。」
「…っ!嬉しいでござる!姫ぇ〜!!!」

感極まって幸村様が私に抱きつれました。
大きな大きな身体。幸村様も男です。がしっと抱かれて少々きつかったですけど、愛されてるんだ
って思うと、そんなの感じませんでした。

「姫ではなく、とお呼びください!」
「はいでござる、殿。」
「殿もいりません。」
「……っ」
「はい、幸村様。」

顔は見れませんが、きっと顔が真っ赤だと思います。
だって私も顔が赤いですから。愛する人に名前で呼ばれるって言うのは、本当に嬉しいです。

「…それがしのこと、幸村とお呼びくだされ。ね?」
「ね?なんて可愛らしく言わないでください…。ゆき…むら。」
「上出来でござるよっ!

こうして私と、幸村は恋仲になりました。次の日、お義父様に報告したら、突然幸村様を
殴ってびっくりしました。後から幸村に聞いた所、「をよろしく頼むって言われたでござるよ」
といわれ思わず笑ってしまいました。お義父様らしい。

「愛してるでござる…。」
「私もです、幸村…。」