このままもう少しだけ





伝令によると、武田軍は勝利してきたようだ。もうすぐ愛しの彼が帰ってくる。
胸の高鳴りを感じつつ、門外で武田軍を待ちわびる。

遠くの方で砂埃が上がっている。何かが近づいている?
は目を凝らしてそれが何かを見るが、わからない。もしかしたら、お義父様?それとも、幸村様?

「幸村様」

名前を呼んでみる。それだけできゅっと締め付けられる心臓。
幸村、と言う言葉は、まるで心臓の起爆剤のようだ名を呟くだけでこんなに心臓が暴走してしまうんだから。

なんて考えているうちに、砂埃を上げている正体が見えてきた。
赤い服。槍。これは間違いない。真田幸村だ。「うおおおおおお!」と言う雄たけびまで聞こえてくる。
幸村は無事なようだ。まあ、幸村が怪我を負ってくることなんて滅多にないのだが。

徐々に幸村の姿は近くなってきて、の顔に微笑みが浮かんだ。
かえってきたら、その「ただいま。」と言って頭を撫でてくれるんですよね。大好きです。
そして、おかえりなさい。って言わせてくれるんですよね。

殿おおおお!」
「幸村様ぁー!」

互いに名前を呼び合い、お互いの存在を確かめる。
もうすぐ、もうすぐ幸村の大きな手で頭を撫でてもらえる。もうすぐ、もうすぐ幸村の存在を確かめられる。

殿!」

とうとう幸村がやってきて、馬から降りた。すぐさま駆け寄ってきて、も駆け寄る。

「幸村様…。」
殿…。」

見つめあい、うっすらと微笑みあう。
いつもなら、このあと頭をなでなでしてくれるはずだが、今日は違った。

「ゆ、きむらさま?」
殿…。」

大きな手を両方に広げたと思ったら、勢いよく抱擁された。痛いくらいの抱擁。
首に顔を埋められて表情はわからない。今日は一体どうしたのだろう?と思いつつも、心臓がバクバクと煩い。

「逢いたかった…。」

妙に色っぽい声に、は赤面した。本当にどうしたのだろうか。周りには同じく兵士の帰りを待ちわびる
女性たちがいるのだが、お構いなしに幸村は抱きしめ続ける。普段人前で戯れあうのは嫌いなはずだ。

殿、それがしずっと逢いたかったでござる…。」

耳元でそっと囁かれて、くすぐったさに思わず身体が強張る。声だけでなく、行為まで色っぽい。

「幸村様?あの、どうしたのですか?今日はその…凄い積極的なんですね。」
「なんだか殿に逢いたくて。なんででござろうか。恋しくて…堪らなかったでござる。」

ドキン、ドキンと心臓が痛い。
普段言われないようなことを言われて、血液が顔に集中し始めた。

「あの、でも、その、皆見てますよ?」

見ていることを隠そうともせず、回りの女性たちは幸村たちの事をじっと見ている。
二人きりならまだしも、周りにこんなにいては、も恥じる。だが、幸村は一向に動こうとしない。
幸村と密着している部分が妙に熱い。

「もう少し…もう少しだけ、このままもう少しだけこうしていてくれないか?」

そんな艶っぽい声で頼まれたら、こくんと首を縦に振るしかないだろう。
は硬直していた身体をゆっくりと元通りにしつつ、幸村の背中におずおずと手を回す。
伝わってくる熱に侵されそうだ。

殿の心臓、凄いでござるな。」
「い、言わないでくださいよ。」
「それがしも、今にも飛び出てきそうなほど凄いでござるよ。」

何気ない会話さえも、こんな至近距離では寿命を縮める一巻に過ぎなかった。
幸村の匂いが漂ってくる。少し汗が混じっているけど、石鹸の匂いもする。この匂いが大好きだ。

「幸村様の匂いがします。」
殿の匂いもする…。それがし、この匂いが大好きでござる。…もちろん、殿の方が好きでござるよ?」

さりげなく殺し文句を言う幸村に、もうは崩壊寸前だった。今日の幸村には、寿命を縮められ過ぎている。

「そろそろ離れるござるよ。」
「あ、はい。」
「このままじゃ、熱に浮かされそうでござるよ。」

そういって幸村は離れて、私の頬に優しい口付けをしました。