世界が変わる、その瞬間




「幸村様、はい。汗を拭きます。」
「かたじけないでござる!いつもすまんな姫。」
「いえいえ。大好きな幸村様のためですもん。」

屈託ない笑顔で幸村を汗を拭くのは、武田のお姫様、
彼女の恋人は、信玄とあつーい儀式を行うこと多数の、真田幸村だった。
彼らの間柄は既に公認で、理緒が訓練場に見えると訓練を中止して休憩タイムになったりもする。

「あ、おかあさま!」

二人が甘いオーラを放っている中、聞いたことのない声が訓練場に響き渡った。
一斉にその声の主に注目する。当然、理緒と幸村の視線もそちらへ行く。

「おかあさまに、おとうさま!」
「ふげー!誰ですかあなた!幸村様のお知り合いですか?」
「い、いや!知らぬでござる!」

栗色の髪を伸ばした、可愛らしい少年だった。目も色素が薄くて、パッチリしている。

「おかあさま?ぼく、おかあさまとおとうさまのこどもだよ!」
「ほええ!?こ、子供なんていましたっけ!?」
「いいいや、それがし思い当たらんでござる!それらしき行為もご無沙汰…!?」
「余計なことはいわないでください!」

慌てて幸村の口を塞いだに、周りの兵から冷やかしが飛ばされた。
二人は顔を赤くして俯き、黙り込む。

「ちがうよ、ぼくね、”みらい”からきたんだ。」
「と、ということは…」
「それがしと姫は…」
「「結婚する?」」

ヒューヒュー!と歓声が上がり、「いいぞいいぞー!」なんて声が聞こえてきた。
全く、はずかしいったらありゃしない。理緒は子供に向き直り、あの。と声をかける。

「本当に僕のお父さんとお母さんは私たちですか?」
「うん!おかあさまに幸村おとうさま!おかあさまはびじんだしかわいいし、
 もんくないってみんないってるよ!おとうさまはつよくてかっこいいって、みんないってるよ!」
「ほえー、美人だなんてそんな…照れちゃいます。」
「強くてカッコいいでござるか!嬉しいでござるね。」

二人は顔を見合わせて照れ笑いを浮かべた。これだからこの二人はお似合いなのだ。
目の前に居る未来からきた子供をそっちのけで、二人の世界に入ろうとしている。

「でも幸村様は、お強いし、カッコイイし、本当に素敵です…。」
「そそそそそんなことないでござるよ!姫こそ、何よりも麗しいでござるよ…?」
「ゆ、幸村様…お恥かしい。」
「ちょ、旦那!誰この子?」

本当に子供の存在を忘れ始めた頃、佐助がやってきて幸村に問いかけた。
一連の流れを遠目から見ていて、気になり始めてやってきたというわけだ。

「あれ、さすけおじちゃん!」
「お、おじ…!?坊主、ちっと生意気だな。」

おじさん発言に、佐助が額に青筋を浮かべて満面の笑みを浮かべた。
だがそれにも全くの動揺を見せない子供は、「ふふっ。」と笑った。この笑い方は譲りか。

「あ、今の笑い方みたいでござる!」
「え、本当ですか?」

未来からやってきたと言うこの子供との共通点があるということには感動した。

「あ、そろそろもどらなきゃ…。じゃあ、おかあさまにおとうさま。はやくぼくをうんでね?」

屈託ない笑みで凄いことを言う子供に、幸村との顔は一気にボッと赤くなった。
それまで怒っていた佐助も、今の発言にニヤニヤとした笑顔を浮かべて「つくっちまえー」と言った。

「ささささ佐助!破廉恥でござる! …少年、また会おうな。」
「うん!おとうさま。じゃあねー」
「ばいばい、また会いましょうねー!」

こうして、二人の前に姿を現した、未来から現れた少年は姿を消した。
二人は顔を見合わせて、「子供、つくるでござるか…?」とストレートに幸村が尋ねた。

「ふげ!?そ、そうですね…。子供…いいかもしれません。」

そういって笑ったは、急に恥かしくなり「訓練頑張ってください!」とそそくさ立ち去った。
それじゃあ俺も、と佐助も立ち去り、訓練は再開された。

「それにしても…不思議なこともあるでござるなあ。」

未来から子供がくるなんて。
だが、世の中不思議がいっぱいだから、大したことない。と言い聞かせて訓練に集中した。









「いってきましたー。」

信玄の許へ、先ほどの子供が姿を現した。
彼の姿を見ると、うむ。と頷き手招きする。

「ようやったの。ありがたい。…おい、かえってきたぞ!」
「はい、信玄様。」
「あ、おかあさま!」

信玄が呼びかけると、一人の侍女が現れた。少年は侍女の許へ駆け寄り、擦り寄った。
その様子を見て、信玄は大きな声で笑った。

「悪かったな。」
「いえいえ、信玄様のためなら。」
「うむ。」

そう、実は今日の一件は総て信玄の手によるものだったのだ。

「私も様と幸村様の子供みたいですから。」
「ワシはいつ子供が出来るのかと心待ちしているのだがな…一向に出来たと言う報告がこぬからな。」

つまり。信玄は孫の顔が拝みたくて、ワザと回りくどくたちに子供を作るように言ったのだった。
これで孫の顔が見れるだろう。とまだ見る孫を思い浮かべてふっと微笑む。

「甲斐の虎も、孫の顔くらい拝みたい。」